謎の声

 まだ子供の頃の話。はっきりと記憶にないが、小学校高学年から中学校ぐらいだったと思う。


 当時の家から少し離れたことろにある神社の境内を、一人で歩いていた。

 なぜそんなところにいたかは、記憶にない。その近くにある耳鼻科によく通っていたので、そのついでに寄り道したのかもしれない。


 キィキィキィキィキィキィキィキィキィ…………


 神社の森には、聞いたことのない『鳥』の声が響き渡っていた。

 声はかなり大きく、同じ音が単調に、延々と続いている。


 キィキィキィキィキィキィキィキィキィ…………


 当時から昆虫には興味があったが、鳥はほとんど興味がなかった。

 頭の隅で声を聞き流しながら、神社の中を歩く。


 キィキィキィキィキィキィキィキィキィ…………


 不意に、何の前触れもなく……それまでただの音、もっと言えば雑音でしかなかったのその声が、頭の中であるカタカナに変わった。


 カナカナカナカナカナカナカナ…………


 唐突に理解した。ああ、これが「ヒグラシ」なんだ。


    ◆


 インターネットなどまだなかった時代。

 子供向けの図鑑だけが、虫についての知識のすべてであった。

 ヒグラシの鳴き声だって、手掛かりは図鑑に記された「カナカナカナカナ」の文字列だけ。

 それだけでは、どんな声なのか見当もつかなかった。


 街中なので、それまでほとんど聞く機会はなかったのではないかと思う。あるいは、それまで聞いたことがあっても、まったく意識しなかったか、何だかわからなかったか。

 ミンミンゼミやツクツクボウシのような比較的分かりやすいセミとは違い、それだけで実際の声と結び付けるのは、うまくいかなかったようである。


 鳴き声の収録されたCD付きの図鑑も今ならあるが、それが出版されるのはもう少し先。

 他の方法は、詳しい人に聞くぐらい。当時周りにそんな人はおらず、知識のある人たちと知り合いになったのは大学に入ってからの事であった。


 時は流れて、二十一世紀。

 研究者や博物館などのサイトで、虫の声の音声ファイルを公開しているところがいくつかある。セミだけでなく、コオロギやキリギリス類の声も。

 便利な時代になった。

 声に限らず虫の情報は非常に多く、とてもすべて覚えきれないので、現場では重宝する。


 現場でわからない虫の声を聞くと、スマホでそれらの声のサイトと比較してみる。

 それでも、紛らわしい声の種が多くいて、種名を決定出来ないことも少なくない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る