ハンザキ

 子供のころ読んだ絵本に、「ハンザキ」という生き物が出てくるものがあった。

 細部はうろ覚えだが、あらすじはだいたいこんな感じである。


    ◇


 山奥のあるふちに、一頭のハンザキが棲んでいた。

 満月の夜、近くの村から村人がハンザキを釣りにやって来る。村人は釣り上げたハンザキを半分に切り、頭側か尻尾側の半身を淵に戻し、残りの半身は持ち帰って食べる。

 淵に戻された半身はやがて再生を始め、次の満月には元通り。

 村人たちは持ち回りでハンザキを食べに来て、ハンザキはそうして、ひとりぼっちで長い間生きてきた。

 だが、一人の呑み助が満月を待ちきれず、こっそりハンザキを釣りに行き、まだ痩せていたハンザキをまるごと持ち帰る。そして頭側の半身を食べ、尻尾側は明日食べようと残された。

 呑み助が眠っている間に逃げ出した尻尾は、迷った末に水車小屋に入り込む。水車の力で米を脱穀中のうすの中に転落、一晩中きねかれて粉々になった。

 翌朝、村人は川でハンザキ色に染まった米をとぎ、川の水までハンザキ色に。

 そして……満月に向け、ハンザキは再生を始める。バラバラになったものが一つに戻るのではなく、一粒一粒がもとの姿に。

 そしてこの物語は、「山も畑もハンザキだらけ」というような一文と、大地を埋め尽くすハンザキの群れのイラストで幕を閉じる。


 その後どうなったかは不明。昔話でよくある、投げっぱなしエンドである。


    ◇


 この「ハンザキ」、実在する日本最大の両生類、オオサンショウウオの別名である。


 言うまでもないと思うが、実在のオオサンショウウオにこんな無茶な再生能力はない。名の由来にも諸説あり、半分に裂かれても生きてゆけそうというのが由来という説がある。実際半分に裂かれたら死ぬと思う。

 再生能力で有名なプラナリアだってここまでの能力はないだろう。


 それと、このオオサンショウウオ、国指定の特別天然記念物に指定されている。釣ったり食べたりはもちろん、触ることも禁止である。もちろん、半分に裂いたりしたら警察沙汰だ。


 大人になり、調査会社に就職し、専門外のオオサンショウウオ調査に駆り出されて……久しぶりにそんなことを思い出した。


    ◆


 近畿の東の端、というか東海地方に近い某河川の上流域で、オオサンショウウオの生息調査が実施された。当然、特別天然記念物の調査許可は取得済みである。

 本種は夜行性のため、調査も夜間に行う。ウエットスーツを着、ヘッドライトと水中用のゴーグルを付けて夜の川をさかのぼってゆく。


 ちなみに、なぜ川を上りながら調査するかというと、水中を歩く際に泥などにより濁りが発生するためである。下って行くと流れてきた泥ですでに濁った場所を通ることになるが、上りだとまだ濁っていないところを調査できるのだ。


 ほぼ人数合わせで駆り出された筆者であるが、水中用のゴーグルと普段使っているメガネが両立できないことが判明し、段差の多い夜の川を登っていくだけでやっとであった。まあ、他の人が捕獲したオオサンショウウオの計測の手伝いはしたので、人数合わせなりに役目は果たしたと思う。


 余談であるが……この現場、予算の都合で宿泊費が出なかった。


 AM0:00過ぎ、夜行性のオオサンショウウオ調査がようやく終了。着替えと片付けを済ませて会社へ帰る。さすがにこの時間は高速も混んでいない。

 AM2:00、会社着。レンタカーから荷物を下ろして24時間営業の営業所に返却。

 AM3:00、あらかじめ乗って来て、会社の駐車場に止めていた自家用車で帰路に就く。なお、他の人はだいたい地元出身じゃないので、会社の近くに家を借りている。

 AM4:00頃、ようやく自宅到着。すでに東の空が白み始めていた。


 明日……じゃなかった、今日はさすがに代休を取得。おやすみなさい。


    ◆


 さて冒頭の絵本だが、タイトルは記憶に残っていなかった。だが、最後の一文で検索すると、意外にあっさりと見つかった。


「ハンザキぞろぞろ」

 それが、くだんの絵本のタイトルである。

 すでに絶版になったようだが、他にも子供の頃の記憶が残っている人が少しはいるようで、復刊ドットコムにも希望が出されていた。しかし、残念ながら復刊はまだ遠そうである。

 大きな図書館の児童書コーナーとかを探せば、今でも見つかるかもしれない。


 で、この絵本のネタ、改変を加えていつか自分のラノベでも使ってやろうと考えていたのだが…………

 生物学の知識が邪魔をして、未だ実現に至っていない。

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