南国

 南国なんごくといっても、海外の話ではなく、本州南部の和歌山や、四国南部の高知県の話である。高知県の南国市も含む。

 ちなみに、南国市は『なんごく』ではなく『なんこく』と読む。ただ、公式でも混乱しているのか、なぜか高速道路のサービスエリアだけ『なんごく』になっていたりする。現場に向かって高知自動車道を南へ走っていると、『Nankoku IC』『Nangoku SA』との看板が現れて、ちょっと混乱する。


 一時期魚釣りを趣味としていた時期があり、個人的にも和歌山や高知を何度か訪れていた。

 和歌山や高知の太平洋側では、瀬戸内海では釣れない魚が釣れた。チョウチョウウオ類とかベラ類とか、ごくたまにクマノミの仲間とか、そんな南方系の魚を釣っては白バックで撮影して喜んでいた。

 昆虫の方はそれほど南方系の種は捕れなかったが、それでも景色を見る限り、車で数時間移動するだけで何だか南の国へ来たような感じがするのが好きだった。


 車は南国市、高知市を過ぎ、須崎で高速を降りる。今でこそ四万十町まで自動車専用道がつながっているが、以前は高速道路はここまでだった。

 さらに一般道を走る。現場はまだ遠い。


    ◆


 十年以上前のある夏の日。高知県山中のある河川の周辺で昆虫調査をしていた。

 川の淀んでいるあたりを、真っ赤なトンボが飛んでいる。

 アキアカネやナツアカネのような、いわゆる赤トンボではない。もっと赤い。

 よく池の周りで見かけるショウジョウトンボか、やや珍しいネキトンボかと思った。でも、何だか違う気がする。

 網に入れて驚いた。赤と言うより、派手な赤紫の見たことのないトンボであった。

 南方系の種をまったく見たことがない、と言うのは勉強不足のせいであったが……とにかくそれが、ベニトンボとの初めての出会いであった。

 赤トンボではなく、ベニトンボである。

 その時調べたところによると、もともと南方系の種であったが、四国では南部の沿岸部で近年(当時)みられるようになったとのことであった。


    ◆


 十年近く前のある春の夜。高知県南西部某所でその日の調査を終えたのち、ホテルから買い物に出た。

 まだ春だというのに、河原でコオロギが多数鳴いていた。

 南方系のタイワンエンマコオロギにナツノツヅレサセコオロギ、そしてもう一種、よくわからないコオロギの仲間。

 近畿地方ではこの時期、鳴いているコオロギなどおらず、夜の河原は結構静かである。

 コオロギの声で満ちる春の河原というのは、季節感を狂わされるような出来事であった。


    ◆


 ベニトンボはその後、北へと分布を広げ、2008年に調査を行ったときには徳島県南部の沿岸で普通に飛んでいた。20世紀末にはまったくいなかったはずなのに。

 そして2016年から2017年にかけ、ついに兵庫県でも見つかった。


 タイワンエンマコオロギは、2008年ごろに大阪府において分布を北に広げていることが報告されている。

 ナツノツヅレサセコオロギも、山口県や大阪府で分布を拡大しつつある。


 かつては憧れ、何度も旅をした南の国が、今では向こうから近付いてきている。

 しかしそれが温暖化が原因だとするならば、決して喜ばしいことではないのだろう。



参考文献

新井哲夫, 2014. ナツノツヅレサセコオロギ Velarifictorus grylloides (Orthoptera: Gryllidae)の生息域の変動要因. 山口県立大学学術情報, (7): 45-57.

稲畑憲昭, 2017. 淡路島初記録となるベニトンボを採集. きべりはむし, 40(1): 40-41.

岩崎拓, 2008. 自然生態園バッタ調べと鳴く虫. 自然遊学館だより, (49): 4-6.

豊﨑勲・山田量崇・大原賢二, 2009. 徳島県におけるベニト ンボの調査記録. 徳島県立博物館研究報告, (19): 39-44.

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