異世界のセミ
調査員と言っても野外調査だけではなく、室内でパソコンや顕微鏡と向き合う仕事もある。
今は自営業で、実家の以前使っていた部屋を作業場としている。一人なので、多少の自由は利くはずなのだが、仕事量が結構多いのと締切までの時間が短いため、自営業でありながら半ばブラック化しつつある。
最近、室内作業の休憩中に、YOUTUBEで某ゲームの実況動画を見ていた時のこと。
そんな暇があったら、ライトノベルの続きでも書け、と言われそうであるが、そっちはそっちで頭を使うのであまり休憩にならないのである。
どこからともなくミンミンゼミの声が聞こえてきて、一瞬「ん?」となった。
視聴中の実況動画のゲームは、地球ではない、いわゆるファンタジー世界が舞台だ。だから、最初は家の外で鳴いているのかと思った。
東日本の皆さんはイメージが違うだろうが、西日本ではミンミンゼミは山のセミである。西日本だと平地部、特に市街地はクマゼミの天下だ。
まだ会社員になって間もないころ、仕事関係で東京に呼ばれる機会があった。
新宿中央公園の前を通りかかった時、ミンミンゼミが盛んに鳴いているのが聞こえ、ここはそんなに自然が豊かなのかと驚いた。調べてみたら、何のことはない西日本と東日本で生息環境が違うだけのことだった。
作業場のまわりは平地の市街地で、ミンミンゼミはたまにしか聞けない。
改めて聞いてみると、声は動画の中のもの、それも明らかにゲーム内の音であった。
いわゆる『なろう小説』を始め、最近はやりの異世界物は、中世ヨーロッパ風の世界観をもつものが多い。それはギリシャ神話や指輪物語が源流と言うより、ネット上のファンタジーものはむしろ、ゲーム『ドラゴンクエスト』などの影響が大きいのだろうと思われる。
しかし、たまに中世ヨーロッパ風なのに、なぜか中世ヨーロッパそのものにこだわる読者がいたりする。中世ヨーロッパにはこんなものはなかった、と。
だが、中世ヨーロッパ風と中世ヨーロッパとはもちろん違う。最近ではナーロッパなんて言葉もあるらしい。
筆者も、異世界にミンミンゼミは分布しない! などと野暮なことを言いたくはないが、ちょっと検証してみることにする。
とはいえこれは、冷静に考えると我々日本人にとって問答無用で夏を感じさせる、非常に有効な演出だと思う。
ここで実際にヨーロッパに生息するセミの声とか、世界観に合わせてオリジナルのセミの鳴き声とかを流されても、なんか変な音がするとか言われるのがオチであろう。
なお、日本に分布するミンミンゼミは、日本の他、中国と朝鮮半島にも分布する。ヨーロッパには分布しない。
もう一つ、別の見方をしてみよう。
『アリとキリギリス』という童話がある。有名なものであり、また内容は今回は重要ではないのでここでは省略するが、もしご存じなければGOOGLEなどで検索するか、図書館で児童書を探索されたい。
この物語、イソップ童話のひとつでギリシャが発祥の地であるが、最初はキリギリスではなく『アリとセミ』であった。
その後、北ヨーロッパに伝わる際に、なじみのないセミがキリギリスへと書き換えられたのである。
一方、前出のギリシャや、ファーブル昆虫記で描かれたフランスをはじめ、南ヨーロッパにはセミはいる。もともとセミ自体が熱帯から亜熱帯に多い生き物であり、ヨーロッパでは主として地中海沿岸に分布するようである。
興味があるならば、『SONGS OF EUROPEAN SINGING CICADAS』で検索するとヨーロッパのセミの声を聞くことができる。ただ、ミンミンゼミにやや似ている、と言えなくもない声のセミはいるが、同じような地味な声のセミが多く、声の多様性ならば日本の方がはるかに上であろう。
色々と書いてきたが、結局のところ「自分の作った世界はヨーロッパじゃないし、ミンミンゼミもツクツクボウシもヒグラシもケナガニイニイもジュウシチネンゼミもテイオウゼミもいる!」と言われてしまえばそれまでなのである。
現在多忙のため滞っているが、筆者もこのエッセイだけでなく異世界ファンタジーも書いている。いずれ話が進めばセミのネタも書きたいと思っているが、どのようなものにするか、まだ悩んでいる最中だ。
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