血塗られたズボン
自然を相手にする以上、危険は付き物である。
台風、大雨などの自然現象、険しい山、急斜面、ヤブなどの地形。
そして、クマ、イノシシ、シカ、イヌなどの動物。
大型の獣だけではない。時には数センチ、数ミリの小動物が命にかかわるような危険をもたらすこともある。
今回の話は、命には問題はなかったのだが……まあ、油断大敵、という話である。
◆
自宅を出て、JR東海道本線に揺られること一時間と少し。
駅を降り、車で迎えに来てくれていた元請け会社の人と合流する。
そこから車で数十分。今回の現場は、町に近い山である。そのため、今回は現場近くで泊まりではなく、毎日電車で通うことになった。
そう、町に近いというので油断していたのである。
その日の夕方。調査が終了し、仕事中ずっと履いていた長靴から移動用のスニーカーに履き替える。長靴から左足をひきぬいた瞬間、背筋を冷たいものが走った。
ちょうど長靴で隠されていた部分、膝の少し下からズボンのかなり広範囲が「まっかいけ」になっていた。
まっかいけ、とは真っ黒けの赤版に当たる関西弁である。標準語で言うと、真っ赤、というより真っ赤っかと言った方がいいだろうか。
一瞬びくっとしたが、これまでにも経験がないわけではない。
ヤマビルの仕業である。
ちなみに、痛みはない。厄介なことに麻酔成分と血液の凝固を阻害する成分を持っているため、すぐには吸血に気付かず、またしばらく血が止まらないので放置すると血まみれになる。ちょうど長靴に隠れた部分だったので、まったく気づかなかった。
幸い、というべきか……
なお、この惨事を引き起こした犯人、吸血を終えて離れたヤマビルは、長靴の中でさんざん踏まれたらしく、靴の底でぺったんこになって息絶えていた。
さて、その現場。最初に述べたように自家用車で現場に向かうのではなく、電車移動である。もちろん帰りも電車。
さらにもう一つ油断をして、替えのズボンを持って来ていなかった。電車移動の場合、できるだけ荷物を少なくしたいのでこうなった。これに懲りたので、この後は私服のズボンを着替え用に持っていくようにした。
作業服は薄い青緑で、まあ私服としては変であるが、作業服で電車に乗っている人もたまにいるので、まあ問題ないだろう。もっとすごい格好で電車に乗った人の話を聞いたこともある。
とはいえ、さすがにズボンが血に染まっていれば、普通警察を呼ばれるだろう。
靴下は黒だったので、やはり血まみれだろうけど一見ではわからない。
そこで、靴下の中に長ズボンの裾を入れてみた。靴下を一番上まで上げると何とか血の色は隠せた。
一瞬、左右対称にした方がいいかとの考えが頭をよぎるが、さすがにそれは怪しすぎる。片足の方が色々とごまかしやすいだろう。
そんな格好で電車に乗る。
ずっとドアのそばで窓の外だけを見ていたので、周りの反応は知らない。
何か言われたら、血に染まったズボン見せた方がいいのだろうか。そんな事まで考えたが、家に帰るまで何も言われずにすんだ。
さすがにファッションセンスがおかしい位で色々言われることもないだろうし、ダサいと思われる程度ならまだ良かったのだろう、きっと。
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