川渡り問題
突然ですが、問題。
ここに、二人乗りのゴムボートが一艘あり、六人の人間がいる。
地元の偉い先生たちが四人、元請けの環境調査会社社員が一人、そして下請け会社の社員が一人。
全員が川岸から、橋の掛かっていない中州に渡るには、どうすればよいだろうか。
こういう、いわゆる川渡り問題は、通常人間とオオカミとヒツジ、それにキャベツなどが出て来て、もっと複雑なものが多い。ボートを漕げるのは当然人間だけ。岸にオオカミとヒツジを置いておくとヒツジが食われ、ヒツジとキャベツを置いておくとキャベツが食われる。
何でオオカミを運ばなければならないのかとか、そういうことは置いておくとして、一旦運んだものを積み替えてまた帰ったりと、実際にやるとなるとかなり面倒臭そうである。
これはあくまでもクイズの類なので、人間がキャベツ食ってオオカミ討伐すればいい、などと言ってはいけない。ちゃんと解法はある。
今回の問題は、それよりずっと簡単だろう。答えを出すだけならば。
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一話目で「道なき山々をゆく」と書いたが、そんな調査がすべてというわけではない。また、工事関係のアセスメント調査が多いのは確かであるが、工事と関係のない仕事もある。
例えば、国土交通省により実施される「河川水辺の国勢調査」というものがある。
これは、一級河川のうち国土交通省の管理する区間と、ダム湖の周辺を対象に環境調査を行うもので、動植物調査の他にいくつか項目があるがここでは説明を割愛する。
その調査の際、アドバイザーという形で、地元の大学や博物館(およびその退職者)などの昆虫研究者、または地方の昆虫同好会などで活発に活動しているアマチュアの研究者などに意見を聞く。
たまに調査に同行し、さらには先生が別の先生を呼んで大所帯になったりすることもある。
山の調査と違って、川の調査では道を見失う、ということはほとんどない。急斜面をヒーヒー言いながら登ることもほとんどない。
ただ、山とはまた別の大変さがある。
そのひとつは、中州。時には川の中州が調査範囲として指定されていることがあり、橋の掛かっていないところにも行く必要があるのだ。
◆
近くの川を思い浮かべていただきたい。
その両側には岸があるが、そのどちらが
わからなくなったら、電車を思い浮かべると分かりやすい。
「次は●●~、●●~。右側の扉が開きます」
「○○~、○○~、お出口、左側に変わります」
この場合、進行方向に向かってそれぞれ右、左の扉が開くことになる。
川も同じように、水の進行方向、つまり下流側に向いた状態で右手側が右岸、左手側が左岸である。
ただし、たまに川が逆流することもあるので注意。例えば、河口近くでは潮の満ちるとき、上流部ではすぐ下にあるダムが貯水を始めた時など。
◆
さて、解答編である。
まず、六人がいる川の左岸、中州の中央辺りの対岸から、一人目の先生を乗せたボートを下請け社員が漕いで中州に渡る。
河の流れがそれなりにあるため、ボートは流され、中州の下流よりに到着する。先生を下ろし、下請け社員は川に浮かべたボートを引っ張りながら中州の岸を歩き、中州の上流端へ移動する。
そこから下請け社員は一人でボートを漕いで川を渡り、流されながら左岸の出発点に戻る。
次に、二人目の先生を乗せたボートを下請け社員が漕いで中州に渡り、下流よりに先生を下ろす。下請け社員はボートを引いて中州の上流端へ移動、一人で川を渡って左岸の出発点に戻る。
そして、三人目の先生を乗せたボートを下請け社員が以下同文。
それから、四人目の先生を乗せたボートを下請け社員が以下同文。
さらに、元請け会社の社員を乗せたボートを下請け社員が以下同文。
最後だけは、左岸に戻らずそのまま中州の調査を開始する。
先生方の相手をするためについてきた元請け会社の社員はそれなりにお年で、力仕事は任せられなかった。下請け社員は当時まだ若く、運動は苦手とはいえ、体力にまだ余裕があったのである。
というわけで、帰りも下請け社員が以下略。
先生方から色々と貴重な話が聞けたので、下請け社員も特に不満はなかった。
ただ最後に、翌日には筋肉痛で捕虫網を振るのにも苦労したことは追記しておく。
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