人工

 人工。


 この漢字、普通なら『じんこう』と読むだろう。

 意味はご存知の通り、人の手で造られたものの事であり、自然や天然の対義語でもある。


 一方、これを『にんく』と読んだ場合、仕事の作業量のことを示す。

 単位は人日にんにち、もしくは人・日と表記するこももある。

 一人日にんにちだと、一人の作業員が一日働いただけの仕事量。

 あるいは、人日の代わりに人工を単位として使う場合もある。


 二人日にんにちの場合、一人で二日でも、二人で一日でも二人日である。あるいは四人で半日でも同じだし、一人が一日半でもう一人が半日でもよい。


 ただ、大規模な仕事も多く、例えば昆虫調査だけで一シーズンに二十人日などという業務も少なくない。

 この場合、一人で二十日、二人で十日は現実的ではない。他の仕事もあるのだから。逆に十人で二日というのも人を集めるのが大変なので、通常は四人で五日間か、五人で四日間になる。

 それを社内の人材だけで回していけるならば理想的であるが、さすがに昆虫専門の人間ばかり何人も抱えておくわけにもいかない。


 こういう時こそ、我らフリーランスの調査員の出番である。


    ◆


 話は変わるが、フリーランスになる前、まだ調査会社の社員だった頃。

 紀伊半島南部の山中で、ある絶滅危惧種を対象とした調査があった。


 絶滅危惧種と言っても、いくつかのランクがあるのだが、ここでは素性バレ防止のため伏せさせていただく。

 また、絶滅危惧種というものについては、また別の機会に書くことにしよう。最初から用語集みたいなものが続くと読みにくいと思われるので。


 さてこの仕事、三人工で計画されていた。

 筆者ともう一人、入社数年目の社員と二人、一日半で調査を行うことになった。


 まず一日目、というか移動日。会社から車で約五時間かかるため、この日は昼ごろから移動して宿入りのみ。作業をしていないので、人工にんくは発生しない。

 なお、この人工は仕事別の予算の話であって、移動日に給料が出ないというわけではない。念のため。


 二日目、正確には調査初日。二人で無事に調査終了。これで二人工。


 そして調査二日目。調査は朝から昼までの予定だった。二人で半人工ずつ、合計一人工。前日と合わせて三人工である。そして、午後は移動の予定だった。

 ところが午前十時ごろ、急に雨が降り始める。すぐに雨量は増し、昆虫調査どころではなくなった。 


 ここから四・五十km離れたところに有名な大台ケ原がある。

 一年に366日雨が降る、などと言われる場所である。うるう年の話ではない。それだけ雨が多い、ということである。

 それに近いこの調査地も、やっぱり雨が多いのであった。


 天気予報では、当初はその日の夕方ごろから降り始め、翌日はずっと雨となっていた。午前中終わりで問題ないはずだったのだが、なかなか思い通りにはいかない。

 翌々日は晴れの予報だが、他の仕事もあるのでそれまで泊まって待つわけにもいかない。仕事未完のまま帰路に就く。


 その後上司や発注元と相談した結果、残りは半人工ということになった。

 人工にんくは、契約時の金額にかかわって来るので、勝手に減らすわけにいかない。残りがたった半人工だからと言って、なかったことにすると契約違反になる。


 そして結局、筆者が一人、日帰りで残り半日分の調査を行うことになった。


 翌々日、天気予報は晴れ。まだ日の昇る前に自家用車で自宅を出発した。会社に寄っている時間はない。

 無事現地に到着、四時間弱の調査を済ませる。

 そして帰り。阪和自動車道で渋滞に巻き込まれる。


 十一時間半(仕事時間を除く)。

 これが筆者の、一日の運転時間の最長記録である。


 その後、十数年が経過したが、記録は更新されていない。もちろん更新する気もない。

 願わくば、生涯更新されませんように。

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