赤トンボが減った (前編)
赤トンボが減っている。
最近ではそんな話を聞いた、という人も少なくないだろう。
一方で、田舎に行けば赤トンボなんていくらでも見られる、という人もいるだろう。
しかし……。
あなたの見たその『赤トンボ』は何という種類だろうか。
そもそもそれは、本当に赤トンボだろうか。
◆
通常は、トンボ目トンボ科アカネ属に属する種を『赤トンボ』と呼ぶことが多い。
ただし、そのすべてが赤くなるというわけではない。中にはナニワトンボのように、『青い赤トンボ』などという、知らない人が聞いたら何だかわけのわからない異名を持つ種もいる。
一方、アカネ属に所属していないが、それよりも赤い、という種もいる。ため池のまわりによくいるショウジョウトンボが一番よくみられるものだろう。
以前このエッセイに登場したベニトンボもこのタイプである。
ちゃんとした定義があるわけではないので、夏から秋に掛けてよくみられる黄色いトンボ……
◆
もう十年ほど前の話。
近畿地方西部の、ある現場で昆虫調査をしていた。
林道沿いの低い木の枝や草の葉の上にぽつりぽつりと赤トンボがとまっている。人が近づくと飛び立つが、少し様子を見ているとまた戻って来ることが多い。
よく見る秋の光景だ。
ごく一部を除き、一見しただけで種まではわからないので、
マユタテアカネ。
顔面に麻呂眉のような黒い紋が二つあり、そこから
一般の知名度は低いが、個体数は多い。場所によっては、よく知られているアキアカネやナツアカネより多いこともある。
ナツアカネ。
名前は夏だけど、別に秋にはいなくなるというわけではない。
そしてまたマユタテアカネ。
ナツアカネ、マユタテアカネ、マユタテアカネ、マユタテアカネ、ナツアカネ。
証拠標本として一種につき一個体のみ採集し、重複するものは個体数を記録しつつ逃がしてゆく。
あ、ノシメトンボ。これも、名前にアカネがつかないが赤トンボの仲間だ。
結局、マユタテアカネが最も多く、次いでナツアカネ。それと、ノシメトンボ、リスアカネが少し。
リスアカネのリス(Ris)はヨーロッパのトンボ学者の名に由来する。動物のリスとはまったく関係ない。
調査は普通に終了し……結局その時は何とも思わなかった。
◆
その次の週、別の現場に行く。
ナツアカネにマユタテアカネ、そしてミヤマアカネ。
ミヤマは深山であり、高山の意味だが、決してミヤマアカネは高山性ではない。甲虫のミヤマクワガタと同じぐらい、低地でも珍しくない。
この種は一時期減ったと言われていたが、このころには回復していたようである。
このミヤマアカネ、翅の途中に暗色の帯があるという特徴により、一目で他のアカネ類と見分けが付く。ポケモンを知っているならば、ヤンヤンマというポケモンを思い出すとわかりやすいかもしれない。名前はヤンマだが、ああいう翅の模様を持っているのは少なくとも日本ではミヤマアカネだけだ。
もう一つ余談だが、昆虫と同名のミヤマクワガタという植物がある。こっちは本当に高山性。
閑話休題。
やはり、ナツアカネとマユタテアカネが多い。
さて、お気付きだろうか。
昆虫に詳しくなくとも名前を聞いたことぐらいはあるであろう、そして、つい昨年までは珍しくないどころかどこででも多く見かけた、あるトンボを見ていないのである。
結局その年、仕事でも、そして多忙のためほとんど出かけられなかったが……プライベートでも……アキアカネを見ることはなかった。
◆
結論としては、その頃に赤トンボのうちアキアカネとノシメトンボという種だけが急に減少したのだ。
そして、その他の赤トンボはあまり変わっていない。
だから、減ったといわれているのにあまり変わっていないように見える、という状況が発生したのだ。
その詳細は……後編に続く。
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