森の向こうのバー
男は森の中を歩いていた。その夜は『森の向こうのバー』へ行く日だったからだ。
森の中にはいたるところに<放射線安全>という立て札が立てられていた。
空には月も見えたし、鳥のさえずりも聞こえたし、虫の声も聞こえた。
危険を示す『記号』はどこにも見当たらなかった。
森を抜けると、うっすらと『青白く光る小屋』があり3人の小人がいた。
3人の小人は口々に『青白く光る小屋』を指さし、ここが『森の向こうのバー』ですと言った。
小人のうちの1人が小さな切り株に腰を下ろすと、
「落とし穴に落ちずにここまで来たのは、あなたが初めてです。」と言った。
小人に促されバーに入ると、うす暗いカウンターに ' 年老いたカモノハシ ' が座っていた。
カモノハシはバーボンをロックで飲んでいた。
店の奥のこじんまりとしたテーブル席には、別れ話でもしていそうな男女がいた。
女はごく普通な服装をしていたが、男は 背中に『玄界灘』と書かれた服を着ていた。
男はカウンターの ' 年老いたカモノハシ ' の隣に座った。
カモノハシは「' 人間 'がここに来るとは珍しい。」と言ったが、男は違和感を感じた。
男が後ろを振り返ると、テーブル席にいたはずの男女は既に居なかった。
「あれは幻影のようなものだ。」とカモノハシは言った。
ここは様々な空間や時間が交錯している' 点 ' だとカモノハシは言った。
他の時空軸のモノが幻影のように見える' 時 'がある。
「ごくたまには、幻影ではなく実物がここへ来てしまう場合もあるがな。」
「実物がここへ来てしまっても、大抵は元の場所へ戻るが、戻れない場合もある。」
「外の小人達を見ただろう?あれは戻れなくなってしまったモノ達だ。」
お前さんは、この時空軸の' 人間 'だ。そのことを忘れるなよ。と ' 年老いたカモノハシ ' は言った。
- どうか戻って来られなくならないように。
どこかからか、そう言う女性の声が聞こえたような気がした。
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