名前を呼ぶよ。

紗麗

名前を呼ぶよ。

 ねぇ、と名前を呼ぶ資格はないけれど
 ありがとう、と叫ぶことを許して欲しい。


 またね、の季節は巡ってこないけれど
 大好きだった、と君には伝えたい。


 本気でこの恋に悩めたのは、本気でこの恋をしていたから。


 悲しい、と思えるのは、大好きな気持ちがまだ残っていたから。



 どうか、どうか…光差す方へと歩んでいけますように──。


 ───────────────────────


「別れようか」

「えっ?」


 まるでどこかへぶらりと出掛けてくるかのようなトーンで、あいつは言った。

 あまりにも自然な受け答えに、不思議と違和感はなかった。これが私たちにとって当たり前だったかのように、1秒、また1秒と時間は過ぎていく。


「もう関わらないでくれ」


 あれから1ヶ月が経とうとしている。

 あいつとは…もう会話すらない。メッセージすら送っていない。もっと言えば…関わりを絶たれている。


 磁石が反発するかのように、あの出来事が起き、まるで初めから私たちは出逢っていなかったかのように…無かった関係へと戻った。


 どちらが悪かったのか、今となっては上手く言えない。私に悪い部分もあったかもしれない、それと同じようにあいつだって悪い部分があったはずだ。


「性格が合わない」

 それが1番の理由だった。


 それでも、思ってしまったことがあった。

 最悪な結末を考えてしまったことがあった。


 「私とは釣り合わなかったんだ」


 そう自分に言い聞かせて必死に前を向こうとしているけれど、ふとした時に頭を過ぎって余計にむしゃくしゃしてしまう。


 もどかしい気持ちを抱えたまま、私は今を生きている。


 この気持ちをなんとか吐き出そうと、手軽にやり取りが出来るアプリで呟こう、と思っても、それがまた引き金を引いてしまうのかもしれないと考え、伸びかけた手を引っ込める。


 どう、この気持ちにケリをつければいいのか、自分は分からない。その勢いのまま、私は筆をとり始めた。


 私自身、実は口下手だったりする。

 想いを伝えるにも、"言葉"の力を借りないと上手く伝えられない。


 文章を書くことが大好きで、いつも記事を書いたり、小説を書いたり…文学少女じみたことをしている。


 今日も変わらず、空の青は高い。

 変わり映えのしない毎日のはずなのに、どこかほんの少しだけぽっかり空いた穴がある。


「おはよう」

「おつかれ」

「おやすみ」


 たった一言のやり取りさえも億劫だったはずなのに、その一言が無くなっただけで日常に変化はあるのだと、初めて知った。


 だからこそ、改めて思うのだ。

 私は、もう恋をしないだろうと。


 最初で、最後。

 本気で恋をしたからこそ、今の自分がいるのだと思う。


 偽善者と思われても構わない。


 私は、あいつを恨んでいる。

 同時に、幸せになって欲しいと思っている。

 ありがとう、と伝えたい。


 大好きだった。


 本気で好きになった相手だからこそ、思いやる気持ちがあるのかもしれない。例え別れ方が最悪だったとしても、非難していたとしても、それでも…それでも幸せになって欲しいと思う自分がいるのだ。


 何故こんなにも胸が苦しいのか、分からない。

 未練があるか、と問われれば、イエスとも言えないし、ノーとも言えない。


 曖昧な感情を抱えたまま、今を生きている。


 もう一度だけ、君の名前を呼べたなら、何かが変わったのだろうか。


 違う未来があったのだろうか。


「ほーら、辛気臭い顔してないで、次行くよ!」

「あ、ねぇ、待って!!私も!!」


 私を呼ぶ友の声がする。

 友の声を呼ぶ私がいる。


 失って初めて気付く、ってきっとこういうことだと思う。


 これが、私の初の恋愛。

 たったの1年にも満たない、短い恋。

 その恋が、嘘だったとは言わない。

 言いたくもない。それでも…目を逸らしたい。


 今は…今だけがこの気持ちを味わうことが出来る。


 この味は…ビターチョコだ。

 ほろ苦く、でもほんのり甘い…切ない恋だった。


 またね、とは言わない。

 じゃあね、私の初恋。




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名前を呼ぶよ。 紗麗 @nanoha1007

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