秋と冬の間

イトウマ

第1話


季節の変わり目はいつだって気まぐれだ。

暑い日と寒い日が無造作にやってきて私たち人間に自然の脅威を見せつけてくる。

そして、そんな自然の脅威にうちひしがれた人が1人、だらしない姿で目の前で寝ている。

「夏美さん、ポカリ取って」

なんでそんな所に置いたのか分からない、布団から少し離れた所にあるスポーツ飲料を無言で取って、無言で春彦に渡す。

「ありがと。」

春彦の言葉を打ち返すのも面倒くさいので返事はしない。言葉はそこらへんに散らばる。

春彦は私の彼氏で、今年でだいたい2年目になる。いつから付き合ったのかもはっきりしない。曖昧な関係から気がついたら彼氏彼女の関係になっていた。そして、いつからか私の部屋に転がり込んできた。

「私、仕事行くね。何かあったら連絡して。」

「ただの風邪だから大丈夫だと思う」

春彦の言葉を聞き流しながら部屋を出る。

ただの風邪で大丈夫なら、お前も働きに行け、という気持ちを込めて強めに扉を閉める。

バタンというお馴染みの音と同時に冬の寒さを感じる。季節の変わり目は私も春彦も苦手で、季節が変わる度に交互に体調を崩している。少し前に春彦が、季節の変わり目って恋人なら倦怠期だよね、暑いのと寒いのが噛み合ってないし、サプライズでもしてあげればいいのに、と言っていたのを思い出したが、何度考えても意味不明で余計にムカついた。


「夏美さん、今晩ご飯行きませんか。この前言っていた美味しい中華の店行きましょうよ、」

「ごめん、今日奴が風邪ひいてて、看病しなきゃ行けないからまた今度でもいい?」

「奴って例の彼氏さんですか?風邪なら仕方ないですね」

「本当ごめんねー」

お昼時、珍しく後輩にご飯を誘われたのに、奴a.k.a春彦のせいで行けない。でも誘われたのが嬉しくて少しだけ気分が晴れる。調子に乗って来週なら比較的空いてるから、と伝える。じゃあ来週の木曜で、とスムーズに予定は決まる。人生もこれくらいスムーズに進めばいいのに。

そんな事を思ったせいか、昼からの仕事は難航した。それでも少しの残業で何とか仕事を終わらせ春彦の待つ部屋に戻る。春彦が私を待っているのか分からないが。


むらさき荘二階、左から2番目の部屋が私の部屋。私の部屋に行くには、外にある階段を上る必要があるのだが、この階段がいかんせん登り辛い。たまにある、歩幅と段幅があっていないタイプのやつ。むらさき荘にすみ始めて3年になるが一向に慣れない。慣れという概念を忘れたのかと思うほど慣れない。

慣れない階段を上がる、部屋の扉に鍵をさす、扉を開ける、という誰にでも出来る一連の動作を出来るだけゆっくり行う。

春彦が今、何をしているのか怖かったから、そして寝てたら起こさないように。


部屋は真っ暗で誰もいないように感じる。部屋の気温だけが外よりも遥かに暖かく、春彦がいる事を証明している。

寝ているのかと思い、静かに廊下を抜けリビングの扉を開ける。

その瞬間、電気がつく。

春彦はちょっとだけ顔が赤い。

小学生のパーティみたいな色紙を輪っかにして繋げた装飾が申し訳程度に部屋に飾ってあり、テーブルには2切れのケーキとお惣菜売り場で買ったようなお肉とサラダが置いてある。私が呆気に取られていると、

「遅かったね、心配したよ。誕生日おめでとう」

と、いつもと変わらない口調で言った。

私が黙ったままでいると

「朝から不機嫌なの顔に出過ぎだよ。誕生日ちゃんと忘れてないよ。ちょっとは信頼してよ」

と照れ臭そうに笑ってる。

「体調は大丈夫なの?どうやって用意したの?買ってきたの?」

嬉しい気持ちよりも春彦の体調の方が不安になる。今も顔が赤いし。

「全部買ってきたよ。体調は薬飲んだら少し良くなったよ」

よくなったよ、の"た"と"よ"の間くらいで春彦に抱きついた。春彦の体をいつもよりも熱くて、でもそれが外の空気を吸い込んできた私にはすごく心地が良くてずっとこうしていたいと思った。

「夏美さん、俺一応病人だから、こっちに体重かけられると倒れそう。」

ごめんね、と口にしつつも愛おしくてやめられない。

あ、そういえば、と何気ない口調のフリして私をフリほどき部屋の外に出ていった。今のは気まぐれを装って実は何か考えてる時の臭い芝居。朝だったらムカついて、今なら可愛く思える行動。

春彦はすぐに戻ってきた。なんだか恥ずかしそうな顔をしている。ん、と言葉にならない声を出し、ふっと左手を前に出す。

それは私の薬指につける小さな輪っかだった。春彦は、なんか結婚したいなって思ってとか、もう付き合って2年だしとか、付き合い始めたのが曖昧だったから結婚はちゃんとしたいとか、そんな事をもぞもぞ言っている。そんな姿も愛おしいなって思って口封じをするようにキスをした。

「夏美さん、気まぐれすぎだよ。朝はあんなに機嫌悪かったのに。」

「だって誕生日忘れられてると思ったし、こんな大事な日に風邪ひくし、」

「風邪はごめんて、季節の変わり目は交互に風邪ひくルールでしょ」

「そんなルールはありません。私たちが自然に勝てないだけでしょ。それに季節の変わり目だから気まぐれなの」

「意味わかんないよ」

季節の変わり目はいつだって気まぐれで、少しだけ倦怠期だ。だけど春彦と私の間ならなんとかなるんだなって少し赤い笑った顔を見て思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋と冬の間 イトウマ @mikanhyp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ