第94話【こちらさわやか薬局です⑫・最終話】



 私の名字が永崎に変わったのを確認し、梅雨が明け夏の匂いが近付いてきた七月のこと川島さんはあっけなく空へと旅立って行った。



 葬儀には、全国あちこちから卒業生が集まって、川島さんが、どれだけ愛されていたのかが分かる。


 川島さんから自分に何かあったらミーコを引き取ってくれと託された私と永崎さんは喜んでミーコを迎えた。




 二人と1匹の暮らし、それはもう何年も前からそうしていたように、自然で心地よくて私たちを包んでくれる。

 休日には二人で、色んな場所へとドライブに行く、スケッチブックにはたくさんの絵が描かれていて、隣でそれを見ることを嬉しいと思う。



 薬局の緊急携帯はガラケーからスマホに変わったけれど相変わらず時おり通知を知らせ。

 不安な思いを乗せて私の元へと届く。

 「薬を飲む量を間違えた」

「痛みが治まらないが鎮痛剤を飲んでもいいか」

「眠れない」

 そんな不安を少しでも和らげることが出来るのならと……今日も薬剤師として頑張っている。

 気持ちに寄り添う、それくらいしか出来ないことに悩みながらも、私はこの仕事を続けている。

 家族にさえ言えない悩みや、薬に依存していることに対しての不安、医師に言えなかったことを私たち薬剤師は話を聞き少しでも笑顔にすることが出来る。

さすがに「猫がいなくなって」という電話を掛けて来るのは川島さんくらいだろうと、懐かしい話を思い出す。


 来年の春、桜が咲く頃に私たち二人の間に宝物が増える、膨らんだお腹の中では小さな命が生まれる時を待っている。


「森田さん」

 相変わらず、永崎さんは私をそう呼ぶ。

 そんな二人でもいいのかもしれないなんて思う。


 私たちらしく生きて行くから、川島さん遠い空の上から見守っていてくださいね。


 雲一つない空を眺めながら、初めて電話を掛けてきた川島さんのことを思い出す。

「猫が……ミーコが行方不明になったんじゃ」


 あの日のことをいつまでも忘れない……


 小さな額に入れ飾っている川島さんにあの日描いてもらった私の絵、それは私にとっての大切な宝物になった。


私に幸せを届けてくれた川島さん

ありがとうございます。






 ~了~


 ✤あとがき

 短編集の2話目に書いた作品が、少し長い物語になりました。そのほとんどが実話に近い物語で書くのを楽しむことが出来ました。

 読んで下さった方、拙い文章にお付き合い下さりありがとうございました。



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【短編集】青空には短いお話が良く似合う~そよ風が連れてきた物語たち あいる @chiaki_1116

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