第93話【飴色のブローチ】
母さんのことは忘れなさい、父にそう言われたあの日のことを思い出す。
私と父を残して母さんはどこかに行った。
毎日、毎晩、母親の帰りを泣きながら待ち続けた。
離婚届けを出したと聞いたのは二年が過ぎた秋の頃。
私は母のいない子どもになった。
家の中に残されていた母の香りのするものは少しづつ無くなって行くけれど、鏡を見ると日に日に似ていく自分の顔。
鏡を見るのが次第に辛くなった。
なのにどうしてなのだろう、私の机の中には母親が残していった、飴色のブローチが大切に仕舞われている。
べっこう飴のようなリボンの中央には、あずき色の小さな石が付いている。
「お母ちゃん、これ可愛いね、ゆうちゃんこれ欲しい」
何度もそう言ったことを思い出す。
「ゆうこが大人になったらあげるからね、約束の指切りげんまんをしようね」
そう言われたあの日のことを忘れない。
父がたくさんの物を処分していくのを眺めてた時に、こっそりと、鏡台の三段目に入れられていたその飴色のブローチをポケットに忍ばせた。
あの日から二十年が経ち、家を出た母さんと同じ歳になる。
一度も付けたことのなかったブローチを、秋色のワンピースの襟元につけてみた。
鏡の前には、母さんによく似た私の姿があって、ほんの少し哀しくて懐かしかった。
私の元には母さんの写真は一枚も残されていないけれど、鏡の中の母さんにはいつでも逢える。
母さんお元気ですか、私は幸せに暮らしています。
飴色のブローチをそっと撫でてみた。
~了~
※ちょっとあとがき※
短いお話です……そしてほぼ実話です。
飴色のブローチは私の宝物の一つです。なかなかオシャレなブローチなのですが(4℃に売ってそうな)今まで付けたことはありませんでした。そろそろ似合う歳になったのかもしれません。
先日久しぶりにそのブローチを手に取って浮かんだ小さなお話です。
残念ながら母は他界していますが……
読んで頂きありがとうございます。
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