第90話【こちらさわやか薬局です⑪】

 ぎこちない空気の車内なのに心地よいのは永崎さんの言葉の余韻なのだろう。


 毎日のように連絡を取り合うようになってから、約3ヶ月、お互いに色んな話をした。


 子どもの頃の話や遠くに住んでいる家族の話、過去の恋愛の失敗談、正直に話してくれる永崎さんのおかげなのか、素直に自分のことも話せた。


 いつしか連絡を心待ちにしている自分の気持ちには気がついていたし、お互いに好意を持っているのだろうとは感じていた。

 でも……

 バツイチの私に交際を申し込んでくれるなんて信じられない。


 そっと目を閉じて、心の中にある勇気をかき集める。

 それはどれだけかき集めても、まだまだ全然足りなくて。

 言葉となってはくれず静かな車内。


 まるで、初めて恋をしたあの頃のように、心臓はドキドキと早鐘を打っている。


 まったく、もう30歳になると言うのにと、流れる景色を眺めながら思った。


「もうすぐ着きますよ」

 その声に、そうだったミーコとお別れなのだと知らされた。

 川島さんの家の前に車を停めると、待ち構えていたかのよう玄関から顔を出した川島さんは満面の笑みで迎えてくれた。


「森田さん、永崎君ありがとう、おおミーコ久しぶりだったな」

 私が差し出したカゴを持って、愛おしそうにミーコに声を掛けた。


 久しぶりの川島さんの部屋は、すっきりと片付けられていた。娘さんは休み毎に来て食事の用意や家事をやってくれているそうだ。


 カゴから解放されたミーコは、部屋をくるくると回りながら、懐かしい部屋に微かに残った自分の匂いを感じているようだ。


 突然、永崎さんは川島さんに言った。


「僕と森田さんはお付き合いすることになりました」


 お茶を入れようと、台所に立っていた私は、驚いた。


「ほう、それは私が望んだ通りになったってことだね、それはめでたい、それで結婚式は? 」


「川島さん、そんなのまだ……」

 と困っていると。


 永崎さんは、キッパリと言った。

「もちろん結婚を前提にお付き合いしたいと思ってます、森田さんそれでいいですね」と言う永崎さんの声に頷いた。

「おーそれはお熱いことで」

 いたずらっぽい川島さんの言葉にみんなで笑った。


 小さな町に住み始めて、たくさんの出会いがあった。

 薬剤師としては悲しい別れもあったけれど、かけがえのないものを得た。


「お茶が入りましたよ」


 なんて居心地のいい場所なんだろう。

 私はずっとここで生きて行きたいなと思った。






※いつも読んで頂きありがとうございます。謎に連載することになったこの作品、次回で最終話になります。

何の変哲もない日常にさえ小さなドラマがある、それを描きたくて書き始めた短編集です。

もう少しお付き合い下さると嬉しいです。

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