第85話【夕焼け小焼けの赤とんぼ】
~夕焼け小焼けの赤とんぼ~
夕焼けが綺麗な空を眺めながら、仕事帰りの疲れた身体で歩く私はいつの間にか懐かしいこの歌を口ずさんでいた。
子守唄でいつも聴いていた。
お腹に宿った小さな命をそっと撫でながら声をかける。
「聞こえるでしょう?大好きな歌なんだよ」
心臓に少し気になるところがあります。出産は母親にも生まれてくる赤ちゃんにもリスクがありますと産婦人科の医師に言われたのは既に六ヶ月に入ったところだった。
「ぜったいに産みます、産ませてください」
この子の父親は今はいない。
妊娠がわかった頃に、部屋を出たきり帰って来ない。
何度も堕胎を考えた、一人で生きているのも大変なのに育てることが出来るのか不安だった。
そんなある日、夢を見た。
小さな身体を抱きしめながら歌っている私は幸せそうだった。
そんなこと1つで私は産むことを決めた。職場でその事を話すと白い目で見る人もいたけれど、私はいつも以上に仕事を頑張った。
「ちゃんと産休や育休をとって、また仕事に戻ってくれたらいいから」
女社長である、桂さんは応援してくれた。
日に日に大きくなってくる身体の変化や悪阻に戸惑っていたのも最初だけで、どんどん母親としての愛情は大きくなって来た。
障害を持って生まれてくるとしてもきっと愛せる、そんなことなんて怖くない。
愛された記憶はきっと愛する記憶になる。
赤とんぼが飛ぶのはもう少し先のことだ、綺麗な夕焼けはきっと私を守ってくれる。
出産予定日まではあと2ヶ月、明日から産休に入る私は夕焼け空に誓う。
きっと元気に産んでみせる。
一緒に頑張ろうね。
お腹の中から返事をするように、小さな足がトンと蹴った。
そっと撫でながら空を見上げた。
~了~
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