第84話【こちらさわやか薬局です⑨】
ミーコと別れる日が近づいてきて寂しい気持ちになってくる。
その日は土曜日で、午前中の仕事を終えて買い物をしようとスーパーへと向かっていた。
市民公園のそばを通る時に、花壇の花の植え替え作業をしている人が三人いることに気がついた、その中の一人に見覚えのある青年がいた。
松田さんだとすぐに分かった。
綺麗な顔立ちをしたこの男性は月に一度来られる患者の松田 康二さんだった。
いつも優しそうなお母さんと一緒に来られて、お母さんの後ろに立っていつもニコニコしている。
薬局に入って来るなり「こんにちは」と何度も言う、知的障害のある青年だった。
「この子は優しくて、几帳面なんですよ、手はかからないし」
いつもは薬局近くの福祉作業所で短時間の仕事をしている。
そういえば、ボランティアで花壇の管理もしていると言ってたことを思い出した。
しゃがんで花の苗を丁寧に植え替えている姿を見ると切ない気持ちになっていく。
「この子を残して先に行くことだけが気がかりです、もちろん公的に面倒は見てもらえることはわかってるのですが……」先日の投薬時にお母さんがそう話していた事を思い出す、少しでも長生きをして欲しいと思ってしまう。
薬局には障害を持っている人が何人も訪れる。
平日だからそうなのかもしれないけれど、ほとんどが母親とやって来る「子育ては女性の仕事」だという風潮は昔とほとんど変わらずなのだと思う。
母親達は慈母のように優しい瞳で我が子を慈しむ。
同じ女としてそれは、羨ましくもあるけれど、人の目を気にすることもあっただろうし、そう生んでしまったことで自分を責めたであろう。
薬では治すことが出来ないし、私に出来ることといえば話を聞いてあげることなのだろう。
***
ミーコは雌猫で一度は子どもを産んだことがあるそうだけど、子どもとは離れ離れになったのだと川島さんは寂しそうに言ってた。
3匹の猫たちは隣り町や遠くの町で元気にしているらしいのでそれだけは良かったと思う。
スーパーのペットコーナーで、ミーコのお気に入りのおやつを買おう、いつでも会えるとはいえこれから一緒に布団で寝ることも出来なくなると思うと、胸の奥がきゅうんとする。
どれだけ癒されていたのだろうと思い知らされていた。
明日の朝ミーコは本当の飼い主の所に帰る。
部屋の鍵を鍵穴に入れると、いつもミーコは喉を鳴らして私を迎えてくれる。
「ミーコ、美味しいおやつ買って来たからね」
いつの間にか話しかけるようになっていたけれど、明日の夜からミーコは私を迎えてくれることはないのだ。
擦り寄ってくるミーコをそっと抱き上げて顔を寄せて優しいお日様のようなその匂いを忘れないように抱きしめた。
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