第83話【長袖の君と夕陽と……】
仕事帰りの夕暮れ時
オレンジシャーベット色の夕陽が沈みかけたその日
僕は海に沈む太陽を見たくて遠回りした。
海は凪いでいて、波はキラキラと宝石のように輝いている。
夏の終わりの海は寂しそうで、泣きそうになる。
波打ち際に1人の女の子が佇んでいた。
堤防に腰掛けてその姿を何気なく見つめていた。
長い髪でスキニージーンズを履き白の長袖のシャツをふんわりと羽織っている姿は何故か有名な写真家の作品のように見える。
えっ?海に入っていく?
咄嗟に自分でもびっくりするくらいに走り出した。
「待って!ダメだよ」
僕の声に気がついて振り向いたのは幼さが残る少女だった。
「もういいんです」
「何がいいんだよ!死ぬぞ!」
「だから……もういいんです」
どんどん海に向かっていく後ろ姿を追いかけた。
手を掴んで岸辺に引っ張った。
何度も振りほどこうとされたが、僕だって必死だったし、僕は男だ。
「どうしたの?学生?」
俯いた彼女は小さくうなづいた。
「…………」
「死にたくなったの?」
「…………」
また小さくうなづいた。
堤防まで来て腰をかけた。
隣に座った彼女はうなづいたまま肩を揺らしながら泣き始めた。
声はたちまち大きくなり、それは限界まで水を湛えたコップを、一気に倒したような、そんな泣き方で、僕はどうすることもできないまま手のひらを彼女の頭に載せた。
彼女はその手を取り自分の頬に当てた。
「あったかい」
「生きてるからね、あったかいさ」
僕の手に自分の手を重ねたまま少しの間彼女は泣いた。
涙は僕の手にも染みてきた。
「ありがとう、もう大丈夫」
そう言いながら僕の手から重ねた手を静かに解いた。
長袖のシャツからチラリと見えた左手首にはたくさんのナイフの傷が見えた。
あの日の僕のことを思い出した。
僕はワイシャツの袖のボタンを外して彼女に見せた。
「ほらね、お揃いだよ」
僕の顔を初めて見た彼女の両目からはたくさんの涙が溢れてきた。
僕だけじゃないんだ。今まさに傷を負い、肩を震わせている彼女もなんだ、『頑張りすぎなくていいんだ』背中をさする手に力を込めて、言葉に出さず祈った。
気がつくと、絞り出すような声はすすり泣きに変わっていた。
「ありがとうございます、もう大丈夫です」
「僕もさ、こうして生きてる。ちゃんとした大人になれてるのかはわからないけど生きてるんだ」
夕陽に照らされた髪は金色に煌めいて眩しい。
「1人で帰れる?」
「大丈夫です、ほんとにありがとうございました」
やっと笑みを見ることが出来た僕も笑いながら言った。
「大丈夫、きっと大丈夫だから」
彼女の後ろ姿を見送りながら呟いた。
「僕も頑張らなきゃな……」
新しく付けた傷は少し痛むけれど
僕も自転車に乗って走り出す。
潮風が優しく背中を押してくれた。
~END~
*あとがき*
先日左手に無数のリストカットの傷が付いた女の子が来ました。
耳にもたくさんのピアス、これはファッションだけではなくて、生きていくために、死なないためにつけた傷なのだろうと思いました。
とても感じの良い女の子でした。
(見た目はパンクでしたが……)
生きて欲しいと思いました。
*Twitterやってない~で予告していた物語ですタイトルは変わりましたが……
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