第82話【こちらさわやか薬局です⑧】

 薬局でかかりつけ薬剤師として今年からたくさんの患者さんを担当するようになった。

 梅雨入りしたある日薬局に電話が掛かって来た。


「森田さん、若葉町の田上さんからお電話です、電話取れますか?」

 事務の吉田さんから子機を手渡された。


「田上さんこんにちは、どうされました?」


「森田さん忙しい時にごめんね」


 田上さんとは、70歳の女性で心臓の手術をされて先日退院後に飲む薬を投薬したところだった。

 話によると、古い友達から良い健康食品があるからと勧められていて、今飲んでる薬との飲み合わせを知りたいとの事だった。


 気になったのが値段だった。

 ニンニク、朝鮮人参、スッポン、マカなどが配合されていると謳われている食品だったが、1瓶15000円で定期購入を勧められている。


「田上さん、それってちょっと怪しい気がします、まだ注文してないですよね」


 巷にはたくさんの健康食品が売られている、もちろんちゃんとした会社の物もあるのは確かだし、ある程度の効果もある物も少なからずあるだろう。

 でも、その会社の名前は知られているものではなかった。


「とにかく買わないでください、薬剤師に飲み合わせが悪いと言われたと言ってもらったらいいですし、さわやか薬局の森田に電話をしてくださいと伝えてください」

 そう伝えて電話を切った。


 一人暮らしのお年寄りを騙してお金を出させる詐欺まがいの会社がたくさんある、高級な布団だったり、今回のような健康食品。


 ガンに効く

 コロナウィルスを防げる

 そんなものなど存在するわけがないし効用を口にすること自体が間違っている。


 ちゃんと断ることが出来たのだろうかと気にかかっていた。


 薬剤師会からのお知らせにその会社のことが書かれていた、たくさんのトラブルがあること、商品が粗悪であり、被害者が多数いること。

 その知らせを読んで田上さんに電話をした。


「もしもし、田上さんのお宅ですか?さわやか薬局の森田です」


「森田さんこんにちは、この間はありがとうございました」


「ちゃんと断れたか気になっていたんです、大丈夫でしたか? 」


「それが、薬剤師さんに飲み合わせが悪いからと言われたと伝えても何度も電話がかかって来てました、森田さんが止めてくれなかったらきっと買ってたけど、あんまりにしつこいから電話に出ないようにしてたら、やっとかかって来なくなりました、ありがとうございます」

 古い友達とはいえ、断わるのは勇気がいることだと思う、仲の良かった人が少しづつ先に逝き不安しかないはずなのだ、ちゃんと断ってくれた田上さんの話を聞いて嬉しかった。


「ところで、森田さん独身でしたよね、知り合いの息子さんに良い方がいるんだけど、今度会ってみない?」


「あ……ありがとうございます、今はまだ結婚は考えていないので」


 そう言って受話器を置いた。


 永崎さんと川島さんの家にミーコを届ける日が近づいていた、今夜あたりにLINEを送ってみようかと考えていたら、心がふんわりと温かい気持ちになった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る