第75話【こちらさわやか薬局です⑥】

 ひょんなきっかけでミーコを預かることになったけれど、猫と過ごす毎日は楽しかった、3年の短い結婚生活で子どもに恵まれずにいた2人きりの暮らしに、せめて猫でもいたのなら違っていたのかもしれないけれど、あの人はペットを飼うことを拒んだ。



 猫は撫でさせて頂いてるという気持ちになる。

 それが猫の猫たる所以で、猫にしかない不思議な魅力でいつしかメロメロになっていた。


「ミーコ、今度ね川島さんと永崎さんが会いに来るんだってよ」

 いつものようにミーコの柔らかな喉元を撫でながら声を掛けるとふにゃぁと返事のように鳴いた。



 あの日車に乗せてもらい薬局まで送って貰った時、携帯の番号を教えあった。

 その日の夜に車に乗せて貰ったことのお礼のメールを送ったら、長い返事にびっくりした。


 最初はメールだったけど、LINEの方が送りやすいからと切り替えてからは頻繁にメッセージのやり取りをすることになった。


 学生時代の話や好きな映画の話や読んだ本のこと。

 結婚していた事も正直に話した。


 学生時代から付き合っていた人と流れるように結婚をしたけれど、1年後位からお互いの心が離れて行ったことに気づいた。

 別れることになったのにはきっかけがあった。

 その頃単身赴任していた彼に好きな人が出来た。

 仕事をやめて赴任先へと行こうと思っていた私はそのまま仕事をやめてこの町に移り住んだ。

 離婚の手続きのために何度も彼には会ったけれど、責めることも出来なかった。


 幸い資格を持っていることで仕事もすぐに見つかったし、この町とも仲良く出来そうだ。


 都会から離れているこの町には、都会にない優しさが溢れていた。

 買い物に行けば患者さんが気軽に声を掛けてくれるし、商店街にも顔見知りがたくさん増えた。


「先生、この間の薬また貰いに行くからね」八百屋の川田さんが声を掛けてくれた。

「私は薬剤師なんですから先生なんて呼ばないでくださいよ」笑いながら否定しても川田さんは私を先生と呼ぶ。

 新鮮な野菜を買えばいつもおまけをつけてくれるのには申し訳ないとは思うのだけど、まるで娘に接するように声を掛けてくれる。


 そんなお節介で優しいこの町が大好きになった。


 この町に引越しして2年目の今年は新型のウィルスで日本中が混乱することになった。

 この町に感染者は出ていないのは幸いだったけれど商店街はひっそりとしてしまっていた。

 学校は休校になり、アパートの側の公園には子どもの姿が消えた。

 休日には子どもたちの楽しそうな声を聞きながら遅い朝ごはんを食べていたけれど近ごろは静かすぎてかえって落ち着かない。

 美術の教師である永崎さんも嘆いていた、英語や数学などと違いリモートで授業をすることも出来ないのだから。

 生徒達には自由に作品を作って貰うことにしているからそれを楽しみにしていると聞いた。


 彼が書く絵をいつか見てみたいと思った。



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