第72話【命の恩人】

 その頃の私は毎日死にたいと思っていた。


 父親と2人の生活は乱れていて、暴力に耐えるだけで精一杯だった。


 電気もガスも止められた部屋で父親が帰るのを待つ日々は私が死を選ぶ事を待っているようにしか思えなかった。


 そんな時に私に声をかけてくれたのは、街角にいる占い師さんだった。


 ネオンが時折そのおばあさんを照らしていた事を覚えている。


 一日数百円を渡された私は、夜の街へと1日1回だけの食事を求めて歩いていた。


「おじょうちゃん」


 私の身なりは薄汚れているし、随分何日も鏡さえ見ていない。

 おじょうちゃんなんて呼ばれるようなことなんてないのだ。


 小さなテーブルにキャンドル、いつも並んでいる人がいるということは、きっと名の知れた占い師なのだろう。


「おじょうちゃん、占ってあげるわ」

「いいですお金持ってないし」


 そう言って逃げるようにその場を離れた。


 暗い部屋で眠るのにはすっかり慣れていた、たまに母さんの夢をみる、優しかった母さんの夢を見た朝はいつも悲しくて目が覚める。


 どうして、生きていかなくては行けないのかさえ分からなくなっていた。


 私はとうとう、闇に飲まれてしまいそうになっていた。


 そんな夜また「おじょうちゃん」と声を掛けられた。


 その日に終わらせる命を持って、おばあさんの所へと導かれるように、数歩近づいた。


「もっとこっちへおいで……手を出して」

 言われるままに両手を出した。


 手のひらを見る前に両手で私の手を包んでくれた、なんてあったかいのだろう。


「辛かっただろうね」


 その言葉を聞いて、涙が溢れて止まらなくなった。


 そんな私を立ち上がってそっと抱きしめてくれた。


 そうなんだ、ずっと辛かったのだ。

泣きじゃくる私の目をしっかり見ながらおばあさんは優しく語りかけた。


「あんたはきっと幸せになる、私は自信を持っていえる、死にたいなんて思ったらもったいない、死んだら駄目」


 私は泣きながら、それまでの事を話した。


「話さなくても分かるから辛いことは言わなくてもいいのよ、家を出る勇気があるのだから、生きなさい、あなたには幸せになる権利があるの、もし死にたいと思ったら私の言葉を思い出して……あなたは絶対に幸せになる」



 その日私は、交番へと向かった、生きて行くために、父親から逃げるために。


 保護された私は、養育園へと送られて暖かい部屋と布団をあてがわれた。辛いこともあったけれどあの頃に比べると天国だった。


 18歳になり一人暮らしを始めて今年5年目になる。


 ぜったいに幸せになれると信じて頑張って来たけれど、こうして生きていること自体が幸せなのだろうと思う。


(了)


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