第70話【長い髪の魔法使い】

「今日は三つ編みにしてね」


 朝のひととき、母さんのドレッサーの小さなスツールに座った私がその日の希望を伝える。


 ツインテール

 編み込み

 お団子

 魔法使いのように母さんは器用に私の髪の毛を整える


「みなみちゃん、髪の毛切ってみる?彩香ちゃんみたいにショートカットも似合うと思うよ」

 母さんはいつも聞いてくる、でも本当はそんなことを思ってはいないのだと思う。


「いやだ!みなみは長い髪がいいの、だからぜったいに切らない」

 いつもそう返事をするのを待っているんだと子ども心に感じていた。


 ある日突然、私の髪の毛を綺麗に変身させてくれる魔法使いのような母さんの優しい手と、楽しかったひとときが二度と戻って来ないことを知った。


 悲しくて何日も泣いた。


 私の髪の毛はまるで歳をとった魔法使いのようになっていった。


 おばあちゃんが魔法使いの真似をしてみるけれど、上手くいかなくって、私は自分で魔法使いになることに決めた。


 長い髪をいて小さな黒いゴムひもで丁寧に結いていく

 何度も何度も繰り返して、何日もかかってやっと鏡の中の私は微笑んだ。


 やっと魔法を使えるようになったんだと嬉しくて鏡の中の自分に小さく手を振った。


 それから毎日鏡の前に座って魔法使いに変身する


 泣きそうな顔のときもあるけど、鏡の中の私を元気づけることだけは出来たのだと思う。


 新しい母さんは、私の髪の毛をめてくれた。

「綺麗な髪の毛ね、花嫁衣裳を着る日が来るのが楽しみだわ」

 恥ずかしくなって返事は出来なかったけれど、嬉しかった。

 私のことをちゃんとみていてくれる人がいることが嬉しかった。


 でも高校受験をする前に私は長い髪をバッサリと切った。

 魔法使いでいることを拒んだ。


 だってお母さんは花嫁衣裳を見せることが出来ない所へ行ってしまったのだから。


 鏡は、泣きそうな顔の私を写す。

 魔法使いにならない私を責めたりはしないけれど。

 寂しい笑顔は変わらない。

ショートカットの私……

 その日からまた私は髪を伸ばし始めた、手入れをすることはめんどくさいけれど、もう一度魔法使いになるために優しく髪をく。


 きっと本当の魔法使いにはなれたのだろうと思う。


 今年花嫁衣裳を着る予定だった。


 私を魔法使いにしてくれた人に晴れの日を見せたかった。

 私の髪を褒めてくれた人にも見せたかった。


 だけど、私は髪を切る


 


 きっと私は努力しなくてもいつだって、魔法使いになれるのだろうと思うから。


 この髪を待っている、遠くの誰かに届くようにと願いながら。

 私はこの春に髪を切る、きっと褒めてくれるよね。




*あとがき*

5月になったらヘアドネーションします。気持ちも軽やかになると信じています。

きっかけを作ってくれたのもカクヨムでした。

鹿路田 マサハルさんのエッセイで感銘を受けた旧エッセイの1ページを是非お読みください。

(この短編集を読んで下さってる方はすでにお読みかも知れませんが……)

鹿路田マサハルさんには、また報告したいと思っています。

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054889686715/episodes/1177354054890598690

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