第65話【こちらさわやか薬局です④】
人は簡単に死ねる、でも努力と気力で少しだけ長く生き続けることも出来る。
毎日病気に闘う人と接していると色んな人生に触れることがある、それは時にやりきれない時もある。
抗がん剤の投与を続けていた患者さんがこのところ来られていないことに気がついた、勤務を終えた私は今日は緊急当番ではなかったけど自分の携帯から電話をしてみた。
「こんばんは、さわやか薬局の森田です、しばらく来られてないからちょっと心配になってお電話しました 」
「森田さん、気にかけてくれてありがとうございます」
電話の向こうの川崎幸子さんは、腎臓がんの手術のあと、転移しないようにと抗がん剤を投与されていた。
既に薬は切れているはずだった。
少しの沈黙のあと、静かに話し出した。
「実は……私は薬代が高いでしょう?恥ずかしながら生活出来ないくらいになってるんです、年金だけで食べて行くのは大変なのに、高い薬代払うのが大変で……もう既に80過ぎてますから……そろそろお迎えが来てもいい頃じゃないかって」
高額な医療費は手続きすれば、一定の負担額で収まる、それでも金額が超えるまでは自分の負担だ。
差額が出たとしても、支払われるのに日にちはかかってしまう。
確かに1回分で数万円する薬代は家計を圧迫してしまうのも当然なのだ。
「川崎さん、確かお孫さんがいるって言ってましたよね、以前投薬した時に聞いていたから覚えています、その時花嫁衣裳を見るのが楽しみだって言ってましたよね、その願いを叶えましょうよ、きっとお孫さんも見て欲しいと思ってるはずですよ、福祉には他にも色々と支援してくれる制度もあります、生きなきゃダメです。家族のためにも、自分のためにも、私がいろいろ調べて見ますから」
そう言って電話を閉じた。
確かに綺麗事で命は救えないことは分かっている、でもせめてもう少し生きて欲しい。
スマホをテーブルに置いて食事の用意をしていた時に着信の音が鳴った。
私が預かっている猫ミーコの飼い主の川島さんだった。
「こんばんは、川島さん退院されてから体調どうですか? 」
退院したあとも、体調が落ち着くまではミーコは私の部屋に保護している。そして私の癒しになっている。
「ミーコに会いたいなと思って、今度の土曜日は森田さんは仕事か?」
「今はコロナ騒ぎで、仕事休めないんですよ、土曜日は午前中仕事です、でも川島さんも出歩いちゃダメです、ミーコは元気だから、もう少し我慢してください、落ち着いてからゆっくり見に来てください、待ってますから」
「そうか……やっぱりそうだよな、永崎君からも言われてたし、我慢するか……」
「約束ですからね、わかりましたか?それとちゃんとお薬飲んでくださいね」
川島さんとはほとんど友達のようにお付き合いしている、まるで家族のように。
「そこまで言われたら仕方がないな、永崎君も森田さんに会いたいと言ってたぞ、お似合いだと思うがなぁ、ミーコを見に行く時に連れて行ってもいいか? 」
どうやら川島のおじいちゃんは私と永崎さんのキューピットになりたいらしい。
「もちろんです、一緒に来てください、とにかくそれまでは我慢ですよ」
電話を切ったあと、病院で会った永崎さんの顔を思い浮かべていた。
永崎さんの学校もこのウィルスで休校を余儀なくされている、心を痛めているのだろうと思いを馳せた。
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