第50話【クマのぬいぐるみ「ルー」】

だいいち私は奥様ではない。自分の生活にいっぱいいっぱいの独身のアラサー女である。

もうほっといてほしい、そーっとしておいてほしい。


 仕事帰りに自分より少し若いイケメンに声をかけられた。

「なんか凄いタイプなんです、ぜひお茶でもどうですか」

なんて言われてついて行った自分が情けない、ただの怪しいエステサロンの勧誘だった。


とりあえず、上手く逃げて来たけれど仕事の疲れと共に気分は沈んだ。

 そういう目にあう可能性があるのだ、もしかしたら結婚詐欺にだってあうことだってあるだろう。

自分だけは大丈夫という根拠はどこにもないのである。


スマホのマッチングアプリに頼ることをやめてからはデートなんてここ1年していない。



 その前に付き合っていた優也だってきっと新しい出会いをしているのだろう。


 閉まりかけたスーパーに駆け込み残りものの惣菜をいくつか選んで1人の部屋にもどる。


 玄関先には数年前にリサイクルショップで買って貰ったクマのぬいぐるみが置いてある。


 その小さなクマのぬいぐるみに私は「ルー」と名前をつけている


 返事はしてくれないけど、仕事に行く時と帰宅した時に独り言のように声を掛ける。


「ルー!聞いて!今日は最悪だったのよ、忙しくて泣きそうだった」

「幼なじみの凛ちゃん、結婚決まったんだって~私より3歳も若いのよ……」

「仕事行きたくない、休みたい」


 さすがにアラサー女子、愚痴のデパートなのかと自分にツッコミ入れたくなるくらいに思いはポロポロとこぼれてくる。



 そんな愚痴ばっかり聞いて、ぬいぐるみとはいえ苦痛だろうなと思ってしまう。


 金曜日の夜には、同僚と飲み会に行った、そんな日には服のままベッドに潜り込む、強くないのに飲まなきゃいいのにと思っていても毎回こんな感じなのだ。


 土曜日の朝カーテンを引かずに寝ていた私は渋々目を覚ます。

 気がつくと枕の横にクマのぬいぐるみ「ルー」が置かれている。


 無意識に持って来たのだろうか?


 少し頭痛のする身体を目覚めさせるためにバスルームへ行く

その時に玄関の定位置に置いたのだ、さすがに寝ぼけていてもそれくらいの記憶は残っている。


 でも……


 バスタオルを巻いて髪をタオルで軽く拭きながらベッドの脇にあるドレッサーの椅子に座る。


 ドライヤーで髪を乾かしながら、鏡の中の自分を見ると、妙に納得する。ちゃんと歳を取ってるんだなんて思ってしまう。


中学生の頃は、学校や家庭の事で悩んでいたしいつも死にたいと思っていた。


 それを実行しなかったのは怖かったのもあるのだけど、おばあちゃんの影響だと思う。


「優子は優しい子だ、名前に負けずにいい子に育った」

 毎日のように私を褒めてくれた、自分を愛することを教えてくれたのは両親でも恋人でもなくておばあちゃんだったのだ。


 そのおかげでこうして生きて来れたとさえ思っている、ふと鏡に目をやるとクマのルーがさっきと同じように枕のそばでこちらを見ていた。

 しかも心配そうな顔に見える。


 あの日リサイクルショップで小さなぬいぐるみを見つけた私は、1度そのぬいぐるみを抱きしめた。


「買えばいいのに、買ってあげようか? 」

 後ろからおばあちゃんの声がした、「だって、大人だよ!なんか恥ずかしいじゃないの、しかも誰かのお古なんだよ 」


 半ば無理やりに渡されていまこうして私の部屋に癒し担当として存在している。

 それはきっとその後すぐに亡くなったおばあちゃんには分かっていたのだろう。


「ねぇ、ルー可愛い顔してるけど、中身はおばあちゃんなんじゃないの?」


 ルーが恥ずかしそうにこくりと頭を下げたのが見えた気がするけどなぁ~


 休日の午後はまだ長い、スプリングコートに着替えて出かけようかと思いながら、鏡の中の自分に笑いかけた。


…………おしまい…………

*私の部屋にマフラーを抱いた小さなクマのぬいぐるみがあります。

もちろんリサイクルショップで買いました。(300円)(●︎´▽︎`●︎)

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