第47話【吾輩は猫であるという小説があるらしい】

 『吾輩は猫である』という小説があるということは、飼い主がよく言うから知っている。

 我が飼い主はアラサーである。

 名前は前頭紗英(まえがしらさえ)である。

 横綱にも大関にもなれないし、なりたくもないと毎日吾輩に愚痴を言う。困ったものだ。小学生の頃からこの名前のためにつらい思いをしていたと話をしていたからそれはきっと辛かったのだろう。

━━━━━━人間って時に残酷だからな。


 その前頭紗英まえがしらさえはこの忌まわしい苗字から逃げ出すために毎日のように婚活サイトを渡り歩いている。

 もちろん婚活パーティーだって週1で参加をしている。

 結婚相手の第一条件は、もちろんゆるい。この苗字から抜け出せるなら誰でも良いと思っているのだ。

 なんならハゲ散らかした男でも良いと言うのは、結婚に対して多くを望んではいないということなんだろう。

 前頭紗英ははっきり言ってブサイクではない、本人はそうは思っていないみたいだが、猫の吾輩からみたら時々観るテレビに写っている女優とやらと遜色はないと思っている。まぁこれはいわゆるならぬなのだろうが吾輩は信じている。


 ある日この飼い主が深いため息をついているのに気がついた。

 飼い主が落ち込んでいる時に寄り添うのが飼い猫である吾輩の仕事である。

 その日も独り言を言う飼い主の横でゴロリと寝そべっていると、「ねぇ聞いてよ、せっかく告白されたのに、そして優しくていい人なのに苗字がダメなのよ……」

 ??ダメとはどんな苗字なのか?

 前頭という苗字から抜け出せばいいのではなかったのか?

 そっと聞いていると、イケメンで年齢もちょうどよくて優しいその男の苗字は『幕下まくした』だと言う。

 なんということか前頭より下になってしまうと言うのだ、そんなことなんてどうだってよいと思うのだがこの気持ちは飼い主には届かない。

 どうしたものか……

実は吾輩は飼い主のスマホの暗証番号を知っているし実は操作さえ出来る。

 夜中に試しにこの肉球で何度か触ってるうちに覚えてしまったからだ、ひと月かけて『幕下まくした』のLINEを見つけていた。

 吾輩の飼い主は今日も実りのない婚活パーティーに疲れてソファーで眠りこけている、計画していた作戦を決行する時がやってきたのだ、すかさずでスマホを片手に持ったままの飼い主の手を触ると、1度は落とさないように手に力が入り無意識に握ったみたいだったが難なくスマホは足元に落ちた。吾輩は震える肉球をそっとスマホの画面に滑らせた。

 しかしだ……なんど触ってもスマホはいつものように明るくならない……どうしたんだ?

そう言えばたまに充電忘れてたと慌てている姿も見ている。

最悪だ、飼い主のこのスマホはどうやら電源が落ちているみたいだ……吾輩は途方に暮れた。

 計画が台無しだ、しかし諦めない!の吾輩は次回こそはぜったいにこのアラサーの幸せを勝ち取るのだ、でもでもいいじゃないかそんなことを思いながら愛しい飼い主の横で丸くなって眠りについた。


(了)


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