第45話【ばあちゃんの切り干し大根】


 仕事帰りに立ち飲み屋で夕飯代わりの酒とツマミを食べるのが日課になってきた。

侘しいもんだなと独りごちながら、暖簾をくぐる、近ごろは女性客も多い。

20代のOLが2人でジョッキを持ち上げながら大笑いしてる、その隣でいつものようにおでんと日本酒を注文してカウンターに置かれた惣菜を物色すると、珍しく切り干し大根の煮物が目に付いた、俺の大好物だ「切り干し大根」と女将に声をかけた「嬉しいねぇ、久しぶりに食べたくて作ったのに中々売れなくてね助かったよ」と言いながら小皿に入れて渡してくれた。

「俺好きなんすよ、切り干し大根、ばあちゃんがよく作ってくれたから」

 女将は笑いながら「食べたくなったらいつでも言ってや、喜んで作っておくしな」

その言葉がすごく嬉しかった。


 ばあちゃんがいつも言ってくれた言葉と一緒だったから…


両親が離婚して父親に引き取られたけど、その父親もいつの日か姿を消した。

それから父方のばあちゃんが母親代わりをして育ててくれた。

 優しいばあちゃんだったけど1度だけほっぺたを引っぱたかれたことがあった、その日は友達と冒険と称して自転車で遠出をした、その帰り道に道に迷った2人は歩いてる人に何度も聞きながら一生懸命ペダルを踏んだ、もうすぐ見慣れた場所につくと分かった瞬間のほっとしたことは大人になった今も覚えている。

「もうすぐ着くな」とトオルに言いながら走ってると、僕の自転車が何かを踏んだのかパンクした、しかも先月ばあちゃんに買ってもらったばかりの変速付きの自転車だ、僕はトオルに声を掛けた「やべー!パンクした!」先を走っていたトオルが引き返してきた、「こまったな、もう8時過ぎてると思うし、近くに自転車屋はないよな」

 ここは僕らが住んでる町の隣町だ、確か自転車屋は無かったはずだ「トオル、先に帰れよ、僕は押して帰るから」「俺だけ帰るのは気が引けるし、2人乗りして帰るか」トオルはそう言ってくれたけど、せっかく買ってもらった自転車を置いて帰るのはマズいと思った。

 裕福じゃないのは分かってるからだ、ばあちゃんが小銭を貯めてやっと買ってもらったんだ。

「じゃ、俺先に帰るけど、帰ったら絶対に電話しろよ」と言うトオルを見送った。


こんな時間に1人で自転車を押して帰るのは高学年になったとはいえ不安で怖かった。木がザワザワと葉を揺らす音にさえビクビクしてしまう。

 その怖さを紛らすためにアニメや特撮ヒーローの歌を大声で歌いながら自転車を押し続けた、やっと住んでるアパートが見えた時の嬉しさと言ったらなかったな、その時ばあちゃんが走って駆け寄ってきた「ばあちゃんゴメン、自転車がパンクして…」そう言いかけた時に生まれて初めて叩かれた、そして強く抱きしめられた「どれだけ心配したと思ってんの」

 そこからは何も言わず泣き出した。

申し訳なくて、でも嬉しくてほっとして僕も涙がこぼれて来た。


 ばあちゃんは今老人ホームに入っている、会いに行くたびに泣かれるのが辛くてここ半年くらい足が遠のいている、しかも少しボケて来てるから僕のことを父親の名前で呼んだりする、ばあちゃんの切り干し大根食べたいな、今度の休みには会いにいこう。

「お勘定お願いします、あとその切り干し大根を少し持ち帰りで」

「あいよ!まいど!」

女将はそう言って笑った。


僕を愛して抱きしめてくれた大切な人に伝えたい言葉がある。



━━━━おしまい━━━━

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