第41話【母さんの弁当】

 秋の終わりのある日のこと、通勤途中の出来事だった。


 歩道の真ん中にお弁当箱が落ちていた。誰かが落とした?

「普通、こんな大きなもん落としたら気づくだろ」

 自転車を停めてまだ暖かいお弁当箱を手に取り歩道の脇の花壇の横に置いて、仕事へと向かった。

「懐かしいなぁお弁当」

 中学高校と6年間はほとんどお弁当を持たされた。

 たまにはパンを食べたけどそれは母さんが具合いが悪い時だったから6年間でほんの数回しかない。



 ◇◇◇

「まただよ、またウチの母さんトマト入れてる」

 俺が嘆いていると、「何?トマト嫌いなの?」隣の席の松川さんが話しかけてきた。

「じゃあ貰ってもいい?私トマト大好きなんだ!」

「いい!貰ってくれたら嬉しい!」

 差し出したお弁当箱の中から取り出したプチトマトをつまんで美味しそうにを口に頬張る松川さんの笑顔が何だか嬉しかった。


「あら珍しい、トマト食べたの?」その日母さんは嬉しそうに笑った。

「あんたが好きな物ばかりいれると弁当箱の中が茶色いからどうしてもトマト入れたくなるのよ」

 俺はトマトが大嫌いだ、あの柔らかさと酸味がどうしても好きに慣れない。

 お弁当の彩りにブロッコリーもたまに入ってるけどあれはマヨネーズさえ付ければ食べられる。


 母さんは誰か友達に食べて貰ったと気づいてるだろうなと思いながら自分の部屋に逃げ込んだ。


 母さんはわかりやすい、テストの点数が良かったりすると弁当には大好きな焼肉とかハンバーグを入れてくれたし、デザートまで入れてくれてた。


 親子喧嘩した次の日はやる気ナシと書いているのかと思えるほど、おかずの種類が少ない。しかもトマトはいつもより多めに入ってるんだ。

 最悪なのはバレンタインデー。

 ご飯の上に切り抜かれたハートの海苔が存在感をこれでもかと表して鎮座しているんだ、ついでにこっそりとチョコまで入れられている。きっとモテない息子への哀れみの印だろう。しかもそれさえ松川さんに見られてるし最悪だよ。


 お弁当は母さんの味だ、卵焼きだって甘くない。塩と少しのだしを入れたそれは俺が好きな味だから。

 そんな事を思いながら道に置き去りにされていたあの弁当を作った人と、食べるはずだった人を思い描いた。


 気づいて取りに行って欲しいな。

 たまには家に帰って母さんの作るもの食べるのもいいかも、その日久しぶりに故郷の母さんに電話を掛けた。「来週帰るから」

 母さんは嬉しそうに言った。

「待ってるからね、まなみちゃんも一緒に帰っておいで」


 この冬、俺は松川まなみと結婚する


大丈夫!トマトは彼女が食べてくれるからね、そしていつか生まれてくるであろう俺たちの子どもたちも、あんなお弁当を食べるんだろうな。愛情たっぷりの母さんの弁当を。


 

~完~



 ❀あとがき❀

 昨日の朝、マジで落ちてるお弁当箱見つけました。

 え━━━━━っ!!!

 こんなん落とすか?普通!Σ(゚д゚;)

 って思い書いたのがこの物語です。

 帰り道に見たらなかったから持ち主が取りに来たのだろうとホッとしました。

 ちなみに中学校の近くです。


(*´罒`*)自分で作ったお弁当を食べる女でした。

読んでくれてありがとうございます。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る