第30話【大衆食堂いまい】
「大衆食堂いまい」
オススメの料理は焼き魚定食、その時の旬の魚秋刀魚、サバ、あじ
その時々で魚の種類は変わるがどれもが絶品だ。
ショーケースにはたくさんのおかずも並べてある。
ポテトサラダ、春菊のおひたし、もつ煮、揚出し豆腐、筑前煮、ひじきの煮物
そのどれかを1つ選んでいつものカウンターに座る
焼き魚定食はメインの焼き魚ともう1つ副菜を選べるからだ。
「オカン、ビール!」
その店の主である浅田トミ子は70を超えた名物女将だった。
「久しぶりやね、仕事忙しかったん?」
「そやねん、しばらく淡路島の現場に行かされててん」
「そりゃ大変やったな」
この店の常連客は近くにある工場か、その地域にあるアパートやハイツに住む学生たちや単身赴任者だった。
男たちは「オカン」と呼び、女たちは「お母さん」「トミさん」と愛情を込めて呼んでいた。
もう30年も経つこの店もずいぶん古びているが潰れることもなく営業を続けていると言うことは、何とかやって行けてるのだろう。
店の片隅に不自然に置かれている椅子を見つけた、「アレは?」少しガタついててるし危ないので置いてるのだと言った、「ほな、次の休みに俺が修繕したるわ」約束して店を後にした。
ある日のこと店を訪れた遠藤翔哉は張り紙に気がついた。
「しばらく休みます」
体調でも悪いのだろうかと思ったが、数日前にいつもの焼き魚定食を食べたところだった、遅い時間にいったので客もまばらだったから、しばらく話込んでいたが、その時は体調悪そうではなかったことを思いだしていた。
その張り紙の片隅に小さく「オカン大丈夫か?」とだけ書いてコンビニで買ったありきたりの弁当とビールをもって1人暮らしの部屋に帰った、何年になるのだろうか?
生まれ育った故郷を後にしてこの大阪での生活は…
最初は馴染めなかったこの土地にも愛着が湧いて来ていた、そのきっかけとなった食堂の女将にはずいぶん世話になった。
人間関係に苦しんだ時も「そんなん気にしてたらアカンで笑いとばしてやらな」
その一言でどんなに救われていただろうか?
数日後に店の前を通った時に張り紙にたくさんのメッセージが書かれてることに気がついた。
「早く帰って来んかったら許さへんで」
「オカンのご飯食べたい」
「トミさん大好きや~!」
店の暖簾が出されなくなってから、もうすぐ半月になる。
すでに書くスペースがないくらいにメッセージは増えていた。
「息子は隣町で魚屋をやってんねん」
確かに隣の町に息子が住んでると聞いていた。
いつかの話を思い出していた。「今度の休みに行ってみるか?」誰に言うでもなく独りごちた。
隣の町の市場にその店はあった、オカンの面影があるその店の大将に声をかけた、「いらっしゃい!」威勢のいい40代位の男は振り向いた、「いまいの女将の息子さんですか?」
◇◇◇
病院に入院していることを聞いて近くの総合病院に足を運んだ。
持病の糖尿病が悪化したのだというが元気そうなトミ子の笑顔をみて安心した。
「オカン大丈夫か?」
「誰かとおもたら、遠藤さんやないの、ごめんな店休むことになってしもて」
「そんなん気にせんでいいわ」
遠藤は心配のメッセージのたくさんが書かれた張り紙の写メを見せた。
涙ぐみながらその画面を見つめていたトミ子は「もう店を畳もうかと思ってたんやけど、もうひと頑張りせなアカンな」
そう言って笑顔を向けた。
鍵を預かった俺は、主のいない食堂を綺麗に掃除してガタついていた椅子はしっかりと補強した。
きっともうすぐあの美味い焼き魚定食と優しい笑い声の店は開店するだろう。
たくさんの人たちが待ってるのだから。
✣あとがき✣
住んでるマンションの近くにモデルとなった小さな店があります。時々食べに行くと声を掛けてくれるのです、そして1品サービスしてくれたりします。(うれし)
退院後自宅療養していたときには度々訪れていました。魚の定食が美味しいです(笑)
久しぶりに今度行ってみるかな。
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