第29話【透明人間】

【透明人間】

 

悲しいことから逃げ出したくなる、それはたった今も同じことなのだ。

 僕はいじめにあっている。

 クラスには僕を助けてくれる人なんか1人もいない。


 昼休みももちろん1人だし、登下校もたった1人だ…


 立花市立中学2年1組

「渡辺 冬馬」

 多分僕は存在していないも同然なんだ


 この無視され続けるイジメはこの学年になってからずっとだった。


 まるで誰からも見えていない透明人間のようなのだ、

 最初は悲しくもあったけど

 さすがに慣れてしまったさ。


 たまに最悪すぎるのは、僕の机の上に小さな花を入れた花瓶が置いてあることがあること。

 くだらないイタズラだ。

 僕はそっとその花瓶を窓際に置き直す。

 そんなイタズラをするのはきっと女子なんだと思う。


 でも僕は気にしないさ。


 クラスに人が集まりはじめてコソコソと話をしているし、後藤先生もやってくる

誰からも好かれているこのクラスの担任の先生だ。


ザワザワとする教室はもう慣れっこだった。


 だって僕は透明人間も同じなのだから。


 次の日もイタズラは続いていた。


 また違う花が置かれていた。


 犯人はやっぱり女子だった。

 清水ゆかさんだ、僕が初めて人を好きになった女の子だった。


悲しい顔をして花瓶を置く所を僕は見つけた。


 そんな悲しい顔でイタズラなんてしなければいいのにって思ったけど、何も言わずに窓際に花瓶を移した。


 ある日の放課後帰ろうとした時にあの人がやって来た。


 なんだろう?僕の目を見てニッコリと微笑んだ。


「こんにちは」

 僕に声を掛ける人なんかいないのに話掛けてくるなんて


「あ…こんにちは」


 私と一緒に来ませんかと言う、なんだか暖かい空気をまとったその女性に導かれるように道を歩いた。


 そこには透き通った綺麗な水の流れる小川があった。


 まるで母さんのように暖かい声で「その橋を渡っていくのよ」と声を掛けられた。


 橋の向こう側には広い草原が見えた、いつの間にこんな場所が出来たんだろうか?


 振り向くと優しい顔をした女性は少しだけ悲しそうな顔をして「いってらっしゃい」と声をかけてくれた。


 僕は透明人間だった。

 これからもきっとそうなんだ。


 少しだけホッとして橋を渡った。


 橋の向こう側からは優しく手を振る女の人がいた。


僕は小さく手を振ってその草原を歩きはじめた、何だかふわふわとやわらかい風が吹いているこの美しい草原をゆっくりと歩いた。




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