第23話【トンカツ屋よしだ・前編】



 そのトンカツ屋『よしだ』はなかなか美味しいと評判で昼時には満席になるほどの人気の店だった。

 店を切り盛りするのは店主の「吉田正輝」とフリーターの「安川和真」の二人だった、少し待たされても文句が出ないのは、その味に定評があるから。



 忙しかった昼時を終えて店主と安川は賄いを食べていた。

「明日は定休日ですよね、また明日もやるんですよね」

「おう、俺が出来ることなんてそれくらいしかないからな」

「店長も若くないんだから無理しないでくださいね」

 店主の吉田はこの青年を気にいっていた、苦労して有名私立大学に入った年に二人暮しだった母親をなくし年間数百万掛かる学費のことを考えて退学してからフリーターとして掛け持ちでバイトをして生活をしている。

保険金も多少は手元に残っていたが母親の命と引き換えとなったその金を使う気にはなれないと寂しげに話した安川を見てフリーターなんて、まともに仕事をせずにのんべんだらりとしているだけだとの印象しかなかったのにこの男は必死に生きているだけなんだと思った。


 定休日でもある毎週水曜日に店を解放して夕方5時から8時までを無料の日にしている、この夏からホームレスや母子家庭の子どもたちの為に初めた自主ボランティアだ。


 ◇◇◇

 引き戸がガラガラと開き中学生くらいの男の子と小学校低学年の女の子が入って来た、か細い声で「すみません、トンカツ定食食べれますか?」


 寡黙な店主は強面で、女性や子どもからは怖い人だと思われがちだった、「店長ただでさえ怖い顔なんですから、せめて頑張って笑って下さいよ」安川にいつもそう言われていたのを思い出し、なるべくにこやかに見えるように引きつった笑顔で二人に返事をした。


「トンカツ定食2つね、ご飯は大盛りにしとこうか?」

「はいお願いします」

 この店のこだわりのトンカツは衣が薄めでラードで揚げられた豚肉はカラッとあがり絶品だ。

 テーブルに置かれたトンカツ定食に二人は手を合わせ「いただきます」と言って食べ始めた、今日の味噌汁の具は大根と薄揚げ、出汁からキチンと手を抜かず作っているこの味噌汁もこの店の自慢だ「母ちゃんが作ってくれたみたい」その味噌汁を口にした女の子はポロポロと涙を流しながら美味しそうに食べはじめた。


 店主の吉田の生い立ちは壮絶なものだった、幼いころに交通事故で両親を亡くし、引き取られた親戚の家では居場所がなかった、中学生になる頃にはその町でも札付きの不良となり、何度も警察の世話になっていた、高校へと進学はしたのだが友達と遊び歩くのは変わらなかった。

保険金が目当てで引き取ることを決めた親戚は正輝がグレようが気にもかけなかった。

 そして、遊ぶ金が欲しくて始めたアルバイトが彼の人生を変えた、頑固な親父に料理の基礎から叩き込まれた。

 逃げ出しそうになるころには決まって優しい言葉をかけてくる親父のところで修行を始めて1年目に高校も退学した。元々底辺の学生しか通わない学校だったから未練もなかったし、1人で生きていく自信も持ち始めてた吉田はそれを機に親戚の家からも出て1人暮しも始めた。


 この0円サービスのボランティアをやり始めるきっかけとなったのは数ヶ月前のテレビのドキュメンタリー

 その日のテーマは「子ども食堂」

手料理に飢えた子どもたちに暖かい料理を振る舞う大人たちの奮闘の番組だった。

 その日のためにと店の休みに店舗を無償で貸す人、食材を寄付してくれる小さなスーパーのオーナー、子育てが一段落した主婦たち、その努力によって子どもたちに笑顔が戻ってくるという番組だった。



後編に続く

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