第18話【赤いランドセル】


「パパいってきまーす」

 赤いランドセルを背負った琴美が元気に声をあげる

「大通りまで送っていくから、新聞ばっかり見ないでご飯食べて下さいね」

 妻の真純が玄関の扉を締めながら笑って言った。

 初めて自分の力で建てたマイホームは居心地が良く、家庭にも恵まれていると我ながら思っていた、「パパ、サンタさんに何をお願いするか知ってる?」「うーんシルバニアファミリーのお人形さんかな?それともスーパーファミコンか?」

「ちがうもんね~サンタさんにしか言わないんだもん」昨日の夜の寝かし付けは僕の担当だったから、物語の続きを読んだ、琴美の今のお気に入りは「モチモチの木」何度読んでもせがんでた。

 読み終えてからのひとときは親になったと実感する時間だ、僕が父親にしてもらいたかった事を彼女に与えて、その頃の自分にも愛情を伝えているのかもしれない。


 小さな寝息を立て始めた娘をみるとこの幸せはぜったいに手放してはいけないのだと自分に誓った。


 それなのに…自分からその小さな手を離してしまった。

 共同経営の小さな会社はいとも簡単に崩れ落ちた。アイツを信じた自分も信じられなくなった、そして愛する2人を残して逃げ出した。


知らない土地に流れついた僕は2人が生活出来るためのお金だけは送り続けた。

 朝から深夜まで働き続けた

 毎日毎日死ぬほど働き続けた。

それが僕が出来るたった一つのことだと思っていた。

 寂しいアパートで走馬灯のように思い出すのは2人の笑顔とたくさんの思い出たち、

来年は20歳になるんだなと小さく呟きながら思いを馳せた。

「こんな父さんでごめん」


 小さなアパートには最低限の家財道具と2人の写真を入れた写真立て小学校入学式のすました笑顔、薄ピンクのワンピースと赤いランドセルの琴美と隣に立つ優しい笑顔の真純の姿。

 懐かしいし会いたいと思う自分の気持ちに蓋をし続けた。


「山口さん、今玄関に面会の人来てますよ」

 工事現場で働いている先の自分よりはるか年下の現場監督が声を掛けた。

「パパ!会いたかった!」

そこには懐かしい2人の姿があった。

 秋風に舞うその言葉は僕の瞳をいっぱいにする涙となった。


❋❋❋

「パパ写真撮って、美人に撮ってくれなきゃ許さないからね」

 あの日のように…いやあの日よりも美しいと思う振袖姿の娘の横で優しい笑顔の真純の姿。

 それは一生守って行かなければいけない大切な存在だった。

 あの日置いていった離婚届を出さずにいてくれてありがとう。大切な宝ものを守り続けてくれてありがとう。

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