第17話【幸せノムコウ】

 いつだってそうなんだ、欲しいものをやっと手に入れても、いつもスルりとこの手から離れていく。


 子どものころ遊園地で買って貰ったキレイなピンクの風船もいつのまにか風に飛ばされて小さくなるまで見ていたっけ。


 あの時ピンクの風船が欲しいと言わず、父さんに買って貰わなければあんなに寂しい思いをすることはなかったんだ。


 高校からの恋人は新しい生活を歩き始めてから3年目のこの夏に知らない女の子に取られてしまった。


 あの部活最後の試合の後に告白なんてしなきゃ良かった。

 アイツだってそう

 あの時オッケーなんてしなきゃよかったのに。


 一緒に過ごした日々は、幸せってこんな事だったんだって思ってた、喧嘩をして泣いてもアイツは傍から離れないでいてくれた。



「ゴメン好きな子が出来た」

 その言葉を聞いた時は、ほらやっぱりねと自分で納得してしまってた。


 風が運んだあのピンクの風船のように幸せは手の届かない空の上まで飛ばされてしまった。


 望まなきよかった

 手に入れなきゃこうして毎日泣いて暮らすこともなかったんだ。

 大学は違うけど週末はほとんどどちらかの部屋で過ごした。

 始めて迎えた朝に、この人が欲しいと心の底から思った、2人はお互いの隙間を埋めるように愛し合った。


 寂しいと言えばいつでも飛んできてくれたのに、いつの頃からか1人の夜が増えていた。




 部屋に残っていたアイツの香りのするものはいつの間にか姿を消していてお揃いのキーホルダーを付けた部屋の鍵はポストに入れられていた。


 その現実から逃げ出したくて、鍵をポケットに入れて自転車を走らせた。


 何処に行きたいのか分からないまま走り続け夕焼けが綺麗な川沿いの道を走り続けた。


 泣きそうな位に美しい空を眺めながらその鍵を川に投げ入れた、部屋の鍵はすぐに暗い川底へと沈んでいった。


「アカンやん」


 後ろから声が聞こえた。


「川にゴミを捨てたらアカンで」


 大きな犬を連れた男性が声をかけてきた。


「なに?別れた彼氏から貰った指輪とかなん?」


「違います」


「とりあえず川にゴミを捨てたらアカンねんで」


「部屋の合鍵です…」


 その言葉に返事はなく


「この犬の名前な、クレアって言うねん可愛いやろ、盲導犬を引退したおばあちゃんやねん」


「引きとったんですか?」


「そやねん、もう長いこと生きられへんから天国行くまで俺が面倒見てんねん」


 嫉妬をすることなく大人になった、人を好きになるのは自由なんだからって思ってる、別れを切り出された時に「嫌だ」って言った方が良かったのかは分からないけど、それも自分らしいところなんだろうな。


「クレアちゃんにまた会いに来ていいですか?」

「もちろんやで、いつもこのくらいの時間に散歩してるしいつでもおいで、クレアもアンタのこと気にいったみたいやしな」


「そうですか?嬉しいです」


 私はこれからも人を好きになって生きていくだろう、幸せノムコウに怯えながらも人を愛していくだろう。


 夕焼けは美しくて悲しくなるけれど1歩づつ歩いて行こう。

 クレアの頭を撫でながらそう思った。


「わん」クレアは短く返事をするように鳴いた。



























































 クレアはしっぽを振りながら、私の傍に来て寄り添って座った。

「可愛いですね」

「そやろ、この子は人間の目になるだけやなく、悲しんでる人のそばで癒してくれるねんで」


 夕焼けは次第に姿を変えて空には三日月と小さな星たちが煌めいていた。


「そろそろ帰ります」


「そやね、暗くなったしな、いつも今頃散歩してるしいつでもクレアに会いに来たらいいで」


「はい、ありがとうございます」




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