第13話 アルテ、感情を表す
「わたし、わたしが全部いけないんです! マスターが、マスターのことが大好きだから、だからマスターの力になりたくて、わたしはマスターが金剛石がないって困ってたから、だから!」
アルテの発する声はいつもよりずっと強く、ときおり体が動くほどだった。
言語をつかさどる回路が壊れつつあるのだろう、口からはシューシューと音を立てながら煙が吐き出されていた。
アルテはもうなにも考えられない。
ただただ、どうしてもマスターの力になりたかったことを伝え続ける。
「マスターが必要な金剛石を、オルキンスさんからもらおうと思って、勝手に町に出ました。勝手にお買い物をして、それなのにマスターには隠してました。でもそれは、マスターが嫌いとかじゃないくて、全部、全部マスターに喜んでもらおうと思ってわたしは、オルキンスさんと話して、頑張って」
突然、ぐいっとアルテは腕を引かれた。
そして起き上がったマスターの腕に包まれた。
「……ありがとう、アルテ」
アルテを抱きしめるマスターの力は弱々しく、けれども精一杯な優しさが伝わってくる。
勢いを止められたアルテの思考はほんのすこしだけ回復した。
同時に、マスターに感情を見せてしまったことにいまさら気づく。
なにもかもが上手くいかなかった。
マスターはアルテを放し、ドサッと勢いよくベッドに仰向けになる。
アルテの思考回路がカタカタと音を立てて回転する。
オルキンスはマスターを殺すために『猛毒』を渡してきた。
ということは。
アルテはようやく気づいた。
オルキンスはわたしがフラーゼであることを知っていたんだ。だからあえて毒を持たせた。
ここまで考えてアルテは、色々と都合よく金剛石を手に入れることができた理由のすべてに説明がついたことを理解した。
「わたし、騙されたんですか……?」
マスターは首を横に振る。
「ちがうよ。君はただまっすぐに、自分の感情のままに頑張って動いた。自分ひとりで考えて、必死になって。今の君を見ればわかるよ」
マスターはいつものように柔らかい笑顔を作った。
しかしすぐに瞳はうつろに変わり、いまにも閉じそうになる。
「アルテ、そろそろ限界みたいだ。ちょっと眠らせてほしい」
「……え」
さまざまなことを一気に体験して呆然となっていたアルテは、マスターの『眠らせてほしい』という言葉にハッとなる。
「だ、だめです。眠ったらもう覚めないかもです。死んじゃいます!」
「あはは、死にはしないよ、おおげさだなぁアルテは……」
「マスター、マスター!」
アルテはマスターの肩を掴んで揺らす。
しかしすぐに手は止まった。
「……マスター?」
平たくなったマスターの瞳から涙が流れたからだ。
顔のわきをとおってシーツへ染み込む。
一粒ではなく、断続的に流れ続けている。
やがてマスターの瞳は閉じられた。
「え、マスター? 嘘ですよね、マスター!?」
アルテはおもいっきりマスターの肩を揺らすが、目を覚ます気配はない。
アルテはマスターの眠るベッドのわきで、顔を伏して泣きつづけた。
その声は家の外まで届き、小さな昆虫たちは一斉に草の裏側へ隠れた。
すこしの時が流れ、泣きつかれてきたアルテはふと気づいた。
よく見ると、マスターの胸が一定のリズムで上下している。
「マスター?」
静かにしていると、今度はマスターの呼吸が聞こえてきた。
アルテは冷静になって顔を覗き込む。
するとマスターは実に気持ちよさそうに、子供のような顔で眠っていた。
開け放った窓から吹き込んだ風が、混乱するアルテの髪をなでる。
ついで『事典』のページを一枚だけめくった。
――金剛石の種類について。
翠 …… わずかに緑色の輝きを放ち、明滅のリズムは常に一定に保たれる。この一定のリズムは時計などの精密機械へ組み込まれることで、実用化される。
蒼 …… わずかに青い輝きを放ち、果実のように甘い香りを放出する。その香りには人間の睡眠欲求を促進する効果がある。
朱 …… 赤い輝きを放ち、人間の呼吸器官を破壊する猛毒を放出し続ける。実用化にはいたっておらず、価値を有するのは一部の鉱石マニアのあいだのみである。
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