第14話 アルテ、うわさ話をされる


 マスターがただ寝てしまっただけだということに気づいて、さらなる混乱状態におちいったアルテ。

 その時間を同じくして、オルキンスはイスに座り一枚の紙を眺めていた。


「あいつめ、アルテにいったいどんな教育をしているのだ。やはりあいつにアルテを預けたのは失敗だったんじゃないのか?」


 その紙にはコンピュータに打ち込まれたようなキレイな字が書かれていた。

 昼間、アルテがオルキンスに約束したデートについての契約書だ。

 オルキンスがため息をついていると、コンコンとドアがノックされて短髪にサロペットジーンズの男が入ってきた。


「オルキンスさん、ようやくつかめましたよ。金剛『翠』石の情報」

「なんだ、意外と早かったな。あいつの頼みごとなどもっと優先度を下げてよかったものを」

「またそんな口をたたく。おっさんのツンデレは可愛くないですよ」

「誰がおっさんだ! 私はまだ二十九だ!」

「突っ込みどころそこっすか……ツンデレを否定しましょうよ」


 短髪の男はクスクスと笑いながらテーブルの上に一枚の紙を置いた。

 オルキンスはアルテとのデート契約書をサッと引き出しにしまい、紙に目をとおす。


「……これはまた、入手には手間取りそうだな。面倒な修理依頼など受けおって」

「まぁまぁいいじゃないですか、マスターの計画のおかげでアルテちゃんの感情発露が見られたわけですし。僕ホントに驚いちゃいましたよ。もはや人間以上に人間っぽくて、しかも純粋素直で可愛い! 将来的には一家に一台みたいな感じになるんじゃないですかね」

「一家に『一人』と表現しろ馬鹿者。アルテはただの機械人形ではない」

「おっと、これは失礼しました」


 オルキンスの生きる目的はひとつだけだ。


 ――機械人形という名の人間を作りたい。


 それはマスターの持つ想いとまったく同じだった。

 だから協力した。

 マスターの打ち立てた『アルテ感情発露計画』に。

 短髪の男は本棚から『事典』を手に取る。


「でもやっぱりマスターはすごいっすね。なにからなにまでアルテちゃんのことを知っていて、それを逆手に取るようなロジック組み上げちゃうんですから」

「アルテと一緒に住んでいるのだ。なんだってわかるのは当然だろう」


「いやいやいやいや、オルキンスさんは嫁がいないからそんなこと言えるんですよ。女ってのはまったく別の生き物なんです。うちの嫁の口癖なんか『どうしてわかってくれないのよ!』ですよ? 僕は超能力者でもなんでもないってんですよ。口に出さない相手の気持ちなんかわかるわけないじゃないですか。その点マスターはすごいっすよ。アルテちゃん、本心なんて一言も話してないはずなのに」


 チーム全員で作り上げたアルテが、なぜマスターの家で育てられているのか。

 それは単純に彼がもっとも優秀な頭脳を持っているからという理由もあるが、もう一つ、人の心の声を察する才能を持っていたからだった。深い思いやり、と言葉を変えてもいい。

 この研究室に集められたメンバーは、みな彼のそんな優しい心に惹かれたのだ。オルキンスだって例外ではない。


「……それにしても、やつの教育はまるでなっていないな。言動は無礼、人前で泣く。なにを教えているんだ。失敗したときはキッチリ叱るということを怠っているんじゃあないか?」

「いやぁ、あれは誰だった怖いですよ。仏頂面で目つきの悪い人から額にビシィってやられて怒鳴られて。僕だって泣きますよ」


 オルキンスは無言でそっぽを向く。


「それに、あれは『叱った』んじゃなくて『怒った』んでしょう。これを機にちょっとは身だしなみに気をつかったらどうです?」

「……余計なお世話だ。私は情報屋のおまえのように、頻繁に人とコミュニケーションをとる必要がないのだよ」


 短髪の男はやれやれといったようなしぐさをする。

 本をしまって部屋を出ようとするところで、ふと立ち止まった。


「あ、そういえば。アルテちゃんのデザインってオルキンスさん考案ですよね。この部屋にアルテちゃんと二人きりの気分はどうでした?」

「……どういう意味だそれは」

「いやだってほら、好みドンピシャの女の子と二人だけで密室なんかにいたら。ねぇ。いくら計画された演技とはいえ、やっぱりドキドキしたんじゃないっすか?」


 ニヤニヤといらやしい笑みを浮かべる短髪の男。オルキンスはギロリとにらむ。


「緊張などするものか。恋愛感情などあるわけもない」

「ホントっすかぁ? じゃあその鼻に詰め込んだティッシュはなんなんですかねぇ……」


 ドン! とオルキンスが机を叩いて立ち上がると、短髪の男はクスクスと笑いながら部屋を出ていった。




 オルキンスはため息をつきながら今日のことを思い返していた。

 ふと窓の外を見ると、丸い月がちょうど枠のなかに収まっている。見事な満月だ。

 表面にあらわれる態度とはうらはらに、オルキンスの心は躍っていた。今までマスターと切磋琢磨、ああでもないこうでもないと言い合いながらようやく造り上げたアルテと、対等な会話ができたのだ。嬉しくないわけがなかった。


 まだまだ不完全な心なのはわかっている。それでも、目的を達成できた充実感のようなものを深く感じた。

 ふいに綻んだオルキンスの表情は、とても優しそうだった。

 引き出しからデート契約書を取りだし、そのキレイすぎる字をまた眺める。


「慣れないことをやらせおって。やつには責任を取ってもらう必要があるな。明日にでもこの契約書を叩きつけてやるか」


 オルキンスはデート契約書に書かれた『色町通り』の文字だけをぬりつぶした。


 そして、こそこそとポケットへ押し込んだ。

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