第12話 アルテ、後悔する
アルテはすぐにマスターをベッドへ運んだ。
マスターはわずかながら虚弱な体質であるため、実は今までにも一度だけアルテの前で倒れたことがあった。そのときに覚えた対処法をアルテは忠実に守る。
濡らしたタオルをマスターの額にそっと置く。
「大丈夫ですか、マスター」
「あれ、ここは?」
「ベッドです。マスターが倒れたので運びました」
「そっか、ありがとうアルテ」
うつろな瞳で微笑むマスター。
アルテは絶対に表情を変えないように頑張る。
心の中では大きな不安が渦を巻いているが、そのすべてを閉じ込めなければならない。
感情を見せてはダメ。
そうやってアルテが必死に感情を押し殺していると、マスターは天井を仰ぎながら語り始めた。
「……そういう、ことか。オルキンスは僕のことがそんなにも憎いのか」
「マスター?」
マスターはとても悲しげな瞳をしていた。声もどこかふわふわと浮いたように呂律が回っていない。
「アルテ、僕の部屋から鉱石に関する『事典』を持ってきてくれないかな」
「はい、わかりました」
アルテはマスターの真意がまったくわからなかったが、とりあえず本を持ってくることにした。
「持ってきました、マスター」
「ありがとう」
マスターの瞳は相変わらずうつろいでいる。
「アルテ、金剛石のページを開いてみて」
「……はい」
アルテはすでにページを覚えていたため直接開こうとしたが、ふと気づいてページをゆっくりとめくる。
「開きました、マスター」
「その次のページだよ、アルテ」
「次……?」
よく見ると、金剛石のページにはこう書いてあった。
――金剛石。 入手難度 AA
翠、蒼、朱などさまざまな色合いが存在するが、これらの採取地域は特定されていない。
大変に貴重な鉱石であり、個人の力で入手することは困難だろう。
ただ注意すべき点があるため、次項をよく読むように。
――注意すべき点があるため、次項をよく読むように。
注意すべき点……?
アルテはそういえばこのページを熟読していないことに気づいた。
自分には情報を集めることなどできない。だからオルキンスに頼ることを真っ先に考えた。その思考回路がアルテの注意をページからそらしたのだ。
次のページには、こう書いてあった。
――金剛石は、色によってさまざまなガスを放出し続ける鉱石である。
なかには人間にとって猛毒となるものもあるため、扱いには充分注意したい。
また、そういった理由により、金剛石は常にビンなどに密封した状態で市場に出回っている。
ガスの種類については次項――
人間にとって猛毒となる。
アルテにはその文字だけが強く記憶された。
まさか。
アルテは甘い匂いを放ち続ける金剛石を、慌ててビンに入れなおす。
「アルテ、君が気づかないのも無理はないよ。君の体は機械だ。匂いは感知できたとしても、それが人間に及ぼす効果までは実感できない」
そんな。
どうして。
アルテはビンを持ったまま放心した。
自分がよかれと思って行ったこと。それはすべて間違っていたのか。
勝手にマスターの日誌を読んでいたことが失敗だったのか。
マスターに内緒で街へ出たのがいけなかったのか。
オルキンスに頼ったことが間違っていたのか。
本をしっかりと読まなかったことが失敗だったのか。
浮かれた勢いで金剛石をビンから出してしまった自分勝手な行動がいけなかったのか。
マスターに『対等な協力』をしようと考えたことが、そもそもダメだったのか。
アルテはベッドの前でひざをつき、マスターを見た。
瞳は今にも閉じてしまいそうで、意識が遠ざかっていっているようだった。
「マスター、わたし……」
「しかたないよ、アルテ。失敗は誰にだってある。逆に言えば、人間だからこそ失敗をするんだ。君はなにも悪くは」
「ごめんなさいマスター!」
マスターは驚いたように目を見開いた。
瞳に涙を溜めこんだアルテの表情は大きく崩れ、唇がふるえている。
「アルテ……?」
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