第11話 アルテ、混乱する
自室に戻ったアルテは、すごくドキドキしていた。
それは家まで走ったことで回路が熱を持っていたからという理由のほかに、マスターはいったいどれほど喜んでくれるだろうかという思いがあったからだ。
化粧を落としてカツラを取って服を脱ぎ捨てる。ふと机の上に置いたビンが気になった。中の金剛石は変わらずに青白く光を放っている。
アルテは素っ裸のまま近づいてじーっとビンの中の金剛石を眺める。そしておもむろにビンを開けて、金剛石を出してみた。
想像していたより重かった。表面部分はゴツゴツとしていて硬い印象は変わらなかったが、青白く明滅をくりかえす欠けた部分に触れてみると、まるで氷のように滑らかに指が滑った。
ふわりと、甘いにおいがアルテの鼻をついた。
どうやらこの金剛石が放っているようで、アルテはあまりの甘さに眠たくなるような錯覚を感じた。瞳はとろけ、アルテのまわりは一瞬にして花畑に変わったような、そんなイメージが広がる。
ガチャッ。
突然聞こえたドアの開く音。我に返ったアルテは、慌てていつもの真っ黒いワンピースを着て、化粧道具やらカツラやらをタンスへと乱暴に押し込む。そして急いで玄関に向かった。
「お、おかえりなさいませ、マスター」
「ただいま、アルテ」
肩で息をするアルテを見て不思議そうに首を傾げるマスターだったが、ふとなにかに気づいたように部屋を見回し始めた。
アルテに視線をやり、ふっと微笑む。
「アルテ、なにがあったの?」
「え、特別なことはなにも……いえ、ひとつだけ。こちらへどうぞ」
アルテはドキドキしながらも、いつものとおりまったく表情を変えずに自室へマスターを誘導した。
「これは……金剛石」
「はい、そのようです。さきほど本で調べました」
アルテはだんだんと嘘をつくことに慣れてきていた。特に今回はもっとも優先しなければならないこと――マスターへ感情を見せないための嘘なので、すらすらと言葉が出てくるようだ。
「どうしてここに?」
「マスターにとって必要なものだからだと思います」
マスターの頭上に疑問符が浮かんだ。あごに手をあててまじまじとアルテを見る。
「えっと……じゃあ僕がいま疑問に思っていることを二つ話すね」
「はい」
マスターは子供に対してするようにゆっくりと話す。
「この金剛石は、いったい誰が、どこから持ってきてくれたのかな?」
「えっ」
浮かれていたアルテの計画は、とても不完全であることが判明した。マスターへのごまかし方を一切考えていなかったのだ。
困ったアルテだったが、絶対に表情に出さないように頭をフル回転させて対応策を考える。
「それは……お昼くらいにある人が持ってきてくれたんです」
「ある人?」
「はい。ちょ、長身でぼろぼろのズボンをはいた……」
もう完全にアドリブになっていた。アルテの記憶にある人間は少ないため、出てくるのは必然とこういう言葉になる。
「まさかオルキンス……? でもどうして」
「あ、それはたぶんオルキンスさんがマスターの親友だからだと思います。きっとマスターのことを考えてくれいるのかと」
マスターはなぜか饒舌なアルテに目を丸くしている。
しかし、疑問はさらに増えていくだけだった。
「おかしいな。オルキンスは僕が金剛石を探していることを知らないはずなんだけど」
「あっ」
アルテは気づく。
そういえばそうだ。マスターが金剛石を探していることを知っているのはわたしだけだった。
さらにマスターは自問するように話す。
「それになぜアルテは、僕が金剛石を探していることを知っているんだろう」
「あぁっ!?」
アルテは掃除をする際、マスターの日誌を『勝手に』読んでいる。特に禁止されているわけではないが、他人の秘密をことわりもせずに覗いていることにアルテは後ろめたさを感じているのだ。というか、マスターの日誌を読んでいるということをマスターに隠している――ということ自体が感情の表れなので、アルテにとってそれは絶対に隠し通さなければならないことだった。
さすがのアルテも、ここまで混乱材料がそろったとなると、かなり危険だ。困ったようにうつむいてしまう。
焦って困って思考回路がフリーズしてしまったアルテだったが、マスターの姿を見た瞬間、すべてが吹き飛んだ。
マスターは床に倒れていた。
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