第10話 アルテ、計画を完遂する

「わたしは、ど、どうすればいいですか?」

「脱ぐんだよ、服を。今。ここで」


 オルキンスの顔がグッと近づく。

 アルテは困った。マスターのためなら大抵のことはできると覚悟していたが、服を脱ぐのだけはダメだ。なぜなら、アルテの背中にはフラーゼ特有のコア部分が埋め込まれているため、裸になると人間ではないことがバレてしまうからだ。


「どうした? 金剛石が欲しくないのか?」

「欲しいです……けど」


 ここで二人の考えていることは、だいぶずれている。

 オルキンスからすれば当然『恥ずかしい、生理的にできない』などの心理を予想していると思われるわけだが、アルテは全然違う。フラーゼだということがバレてもなんら問題のない状況であれば、服くらい喜んで脱ぐだろう。実際、仕事から帰ってきたマスターにメンテナンスを施してもらう際はいつも脱いでいる。

 アルテには女性として異性に裸を見られることによる『羞恥心』は、まだ育っていないのだ。

 ふと、アルテの脳裏にオルキンスの言葉が浮かんだ。


 ――この金剛石という鉱石は非常に価値の高いものだ。


 価値が高い。

 そうだ、わたしにはもう一つ秘策があった。

 アルテはオルキンスそっちのけで記憶を探る。

 うんうん、とまた一人でうなづき、拳をぎゅっと握りこむ。


「あ、あの、オルキンスさん」

「やっと決心がついたか?」


 食って掛かろうというような視線のオルキンスに対し、アルテは下から覗き込むようにして小声で言った。


「わたし、金剛石よりずっと価値高いよ?」


 なんとかこの状況を打開しようと必死だったアルテは、いつのまにか敬語ですらなくなったことに気づいていない。

 しかし計画的に作られた『あざとい』仕草と声の抑揚の効果はバツグンらしく、オルキンスはつばを飲みこんだ。


「ねぇ、デート一回で手を打ってよ……オルキンスさん」


 今度はアルテが一歩前に出た。見えないなにかに押されたようにオルキンスはあとずさる。


「デ、デートじゃあダメだ。それだけではきみの価値など評価できんじゃないか」


 アルテは昨日記憶したことを総動員して次の行動を導き出した。

 まず、オルキンスの服の袖を軽くつまむ。

 そして上目遣いはそのままに、コテンと首を傾げてトドメの言葉を放った。


「場所は……色町通り♪」

「……ぶっ」


 オルキンスはつい噴き出してしまった口元を抑え、うしろを向く。


「オルキンスさん……ダメですか? わたしがんばりますから、お願いします!」


 すべてを出し切ったアルテにできるのは、頼み込むことだけだ。オルキンスのうしろから必死に声をかける。


「わ、わかった。じゃあ証明として、この紙に署名しろ」

「署名……ですか?」

「そ、そうだ。契約書替わりだよ。『私アルテはオルキンス氏と色町通りでデートをすることを約束する』そう書いてサインするんだ。そうすれば法的にも等価交換が成立する」

「そしたら金剛石、くれますか?」

「ああ、渡すよ」


 突如、花開いたように明るくなるアルテの表情。

 アルテは喜んでサインした。

 その最中にアルテはひらめいた。

 そうか、あの女の人がおじさんに渡していたのは、この紙だったのか。

 アルテはうきうきとした気分で署名した紙をオルキンスに手渡した。

 しかし、アルキンスは受け取るときもなぜか顔をこちらに向けない。気になったアルテは、ひょいっと動いてオルキンス顔を覗き込んでみた。


「……あ、ど、どうしたんですか? 大丈夫ですかオルキンスさん!?」

「ちょ、見るな! 私のことはいいから早くビンを持って出ていけ!」

「は、はいぃ! ごめんなさい!」


 アルテは金剛石の入ったビンを手に取り、小走りで部屋を出た。

 そしてそのまま研究室をあとにしようとすると、紅茶を出してくれた短髪の男が声をかけてきた。


「あれ、アルテちゃん、もう話は終わったの?」

「あ、はい。金剛石をゆずってもらえました。でも……」

 アルテは心配そうにちらちらとオルキンスの部屋を見る。

「ん? どしたの?」

「えっと、オルキンスさんがその……鼻血を出してしまって」

「……え?」


 アルテが見たオルキンスの頬は赤く染まっており、鼻からはドクドクと血が流れていたのだ。

 短髪の男は状況を理解したのか、手を叩いて笑った。そして勢いあまって椅子から転げ落ちた。


 また爆笑が広がる研究室。アルテは意味がわからずおどおどしていたが、窓の外が赤みがかっていることに気づくと、会釈をしてすぐに研究室を出た。




 丘の上の家へ向かって走るアルテの腕にはしっかりとビンが抱えられている。

 あまりに多くの出来事があったためたくさんの回路がショートしていたが、アルテはとにかく嬉しかった。

 鉱石を手に入れることができた。

 これでマスターの力になれる。

 マスター、喜んでくれるかな。

 楽しみだな。


 抑えきれない想いはアルテの表情を変える。

 その笑顔は人間よりも人間っぽく見えた。

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