第7話 アルテ、お金が足りなくて困る


「どけ」

「はーい……」


 なにごともなかったかのように口笛を吹きながら去っていく短髪の男を、長身の男はすごい形相で睨んでいる。

 アルテに『怖い』という感情が生まれた。


「名前は?」

「え、あ、アルテです……あぁっ!」

「……アルテ?」


 アルテは言ってすぐに気づく。ギロリとしたオルキンスの視線が突き刺さる。


「ち、ちがいます! わ、わたしはその……」

「ふむ、なかなかにめずらしい名前だ。西の大陸ではよくミドルネームとして使われるらしいと風のうわさで聞くが、この辺では見かけんな」

「……え?」

「私はオルキンスだ。この研究室の代表を務めている」

「あ、はい。どうもです」


 アルテは思った。

 そうか、わたしの正式名称は『自律思考型成長機構搭載オートマタ』、通称でも『フラーゼ』と命名されている。アルテという名前はマスターがつけてくれただけなのかもしれない。マスターとわたししか知らない二人だけの秘密……。

 アルテはちょっとだけはにかんだ。オルキンスがいぶかしげな視線を送るが、アルテは気づかない。


「……で、金剛石のありかが知りたいと?」

「あ、そ、そうです。欲しいんです、金剛石」


 グッと身を乗りだしてアピールするアルテを、オルキンスはさらに目を細めてにらみつける。

 ここで負けてはいけないと思ったアルテは、同じようににらみ返す。


「なぜ、金剛石の情報を知っている者がこの研究室にいると?」

「えっ」


 アルテの思考はピタリと停止した。

 自分はマスターから、オルキンスが金剛石について知っているかもしれない、という情報を得ている。だから知っているのだ。だがそれをそのまま伝えるわけには、もちろんいかない。

 困ったアルテは『ごまかす』ことにした。


「か、風のうわさです」


 オルキンスの視線は相変わらず厳しい。

 アルテは、自分の都合で相手をごまかしたことに対して『うしろめたさ』を感じた。しかもついさっきオルキンスが使った言葉を拝借してしまったため、とても不安になった。


「……まぁいいだろう、華奢で弱々しい君から危険や嘘の色は感じない。教えてやる」

「ほ、本当ですか!? やったぁ! ありがとうございます!」


 なぜか上手くことが運んだため、アルテは嬉しさのあまり飛び上がった。まわりに視線を一気にまた集めたが、今度は気にならなかった。

 すこしのあいだ驚きに目を丸くしていたオルキンスだったが、空気を戻すように咳払いをして話を続ける。


「……で、情報料金だが、50,000で手を打とう」

「へ? なにがですか?」

「……アルテ君、きみはまさかタダで情報が手に入るとでも思っていたのかね?」

「はっ!? いえ、そんなことはありません。お金、出します」

 アルテは記憶を掘り返す。


 ――人から大枚はたいて買った情報を酔った勢いでぺらぺらと話しちゃって


 確かにマスターが言っていた。情報は買うものだという意識はちゃんと持っている。

 ふと財布を探る手が止まった。


「……50,000?」

「どうした? 事典にも載っていない情報なのだ、むしろ安いくらいだと思うが?」


 アルテはもう一度財布を確認するが、なんど見ても7,000しかない。

 アルテはまたマスターの言葉の記憶を掘り返す。


 ――物々交換だったり、等価交換だったりとその形態はさまざまあるけれど


 等価交換。そうだ、情報にはそれに見合う金額でないといけない。

 足りない。どうしよう。

 だが諦めるわけにはいかない。

 ここでアルテは、オルキンス説得作戦を開始することにした。

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