第6話 アルテ、気合を入れた結果委縮する


 翌日、アルテは町にあるフラーゼ研究チームの建物の前に立っていた。


 大きく深呼吸をしてから、アルテは両手をグッと握りしめて気合を入れる。服装は昨日と同じだが、そこへさらに金髪ロングのかつらをプラス。さらに、雑誌を見つつ四苦八苦しながら頑張って化粧を施した。ファンデーション、クリーム、コンシーラー、チーク、アイシャドウ、アイライナー、ビューラー、マスカラ、リップグロス――初めて触れるそれらの横文字を一気に記憶したアルテの回路は、すでに一部が焦げついている。


 昨日、町で覚えたことを頭の中でもう一度再生し、簡単なシミュレートを行う。

 よし。

 アルテは勇気を出してチャイムを押した。




 さっきまでの気合はどこへやら、小さな円卓の前に座るアルテは早くも委縮気味だ。

 あまり広いとは言えない空間へ詰め込むように配置されたデスクや本棚。数人のチームメンバーがときどき席を立って本棚に向かったり別の部屋へ行ったりしているが、スペースがあまりに狭いためか半身になって移動する姿が見られる。


 アルテは『場違い』という感情を覚えた。

 メンバーはすべて男性で、しかも年齢からするとマスターよりちょっと上もしくはずっと上といった具合に感じる。そんな中に一応子供である女の子がひとり身を置いているこの状況は、どう考えても変だった。

 コトッと目の前に紅茶が置かれた。


「待たせちゃってごめんね、もうすぐ来ると思うから」

「あ、いえ。お構いなくです」


 アルテは、この研究所に金剛石に詳しい人がいると聞いて来ました、というなんとも適当な理由だけでなぜか入室を許されていた。メンバーの一人がオルキンスを呼んでくれているので、それを待っている状況だ。

 紅茶を持ってきてくれた男は辺りを見回してから対面に座った。逆立てた短髪に横長のメガネをかけていて、低目な身長にサロペットジーンズがよく似合っている。


「緊張してる?」

「え!? あ、はい、緊張しています」


 突然の会話に驚いたアルテは、とっさに思ったことを口にした。というか、会話というのは考えてから発言する、ということが容易にはできないということに初めて気がついた。


「あはは、素直だね君。ここはほら、見てのとおり男ばっかりだからさ、君みたいな若くて可愛い女の子が来ると喜んで中に入れるんだよ。目の保養ってやつ? まぁとにかく、みんな君を怪しんでるとかそういうんじゃないから心配しなくていいよ」

「は、はい。わかりました」


 アルテはまた驚いた。まだなにも言っていないのに緊張していることがばれている。そして周りの視線が気になることも……。

 人間はすごい生き物だと思った。相手の一挙一動からたくさんの情報を得て、今までの経験と照らし合わせて気持ちを読むことができるのだ。

 うんうん、とアルテは小さくうなづく。

 短髪の男はちょっとだけ身を乗りだしてアルテに話し始めた。


「……そうそう、これから君と話すオルキンスのことだけど、彼はとにかく冷たい。表情は一切変えないし、ずーっと睨んでくるし、自分の考えもまったく曲げない。この前なんかさ、俺が淹れた紅茶に対してこんな文句をつけてきたんだぜ。この紅茶はなぜこんなに熱い? この温度では熱さで舌がマヒしてしまって味がわからないだろう。君は紅茶ひとつ満足に淹れられないのか? ……とか言ってきやがってさ、そんなもんちょっと冷ましてから飲めばいいだろうがアホーって思ったね。っていうかまぁ、彼はただ猫舌なだけなんだけど、かたくなに認めないんだよ。いちいち変な理由つけて自分を正当化してさ、最近リーダーになったからって偉そうな態度とりすぎだってんだよ。そういえばあのときも」


 オルキンスの物まねをするかのように声色を変えながらマシンガントークをする男の声は、アルテの耳に入っていなかった。視線は男のうしろを捉えている。


「誰が猫舌だと?」

「誰がって、そりゃあんた……あ」


 短髪メガネの男がうしろを振り返ると、そこには長身の男が冷めた表情で立っていた。

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