第5話 アルテ、さらに学ぶ

 

 街中をマスターに見つからないようにコソコソを歩き回ること数時間、アルテはようやくすべての買い物をすませた。

 化粧用品一式、女性向け雑誌、金髪のかつら、ハンカチ。

 よし、大丈夫。漏れはない。


 アルテがオルキンスを説得するためにまず考えたのは、正体をばらさないようにするということだった。

 マスターを嫌っているオルキンスに、自分がマスターと一緒に暮らしているフラーゼだと知られたら、その時点で任務失敗となってしまうかもしれない。それに、感情を出すことになるわけだから、もしかしたらそんな自分をオルキンスやチームのメンバーたちがマスターに話してしまうかもしれない。


 マスターには絶対に自分が感情を持っていることを知られたくないアルテは、やはりそういった考えが最優先になるのだ。


 ふと海の方を見ると、すでに太陽が水平線に接触していた。空はいつのまにか茜色に変わりつつある。

 急がなければ。そう思って速足になるアルテだったが、耳に入ってきたある単語に足を止めた。


「……ねぇいいじゃないのさ、デート一回で手を打ってよ。あたし今お金持ってないの」

「あのなぁ姉ちゃん、俺が相手をするのは金持ってる『客』だけなんだよ。ひやかしはけぇんなって言ってるだろ」


 ワゴンを引いてアクセサリーを売っているらしい男性に対して、なにやら女の人がごねているようだった。アルテが気になったのは『デート』という言葉だ。

 一回……。女の子が男性にせまる行為なのかな。

 まだまだ見当はつかなかったが、気になったのでもう少し聞き耳を立てることにした。


「あれ? 本当に断っちゃっていいの? あたしきっとこのアクセサリーより価値高いよ」

「……」

「デート一回……場所は色町通り」


 小声でそう言うと、女の人はバッグから紙を取りだして慣れた手つきでなにかを書いた。そして男性に渡す。


「……なんだ、あんた娼婦か。まぁ俺はそういう生き方を否定はしねぇ。オーケー、売ってやる」

「やった! さんきゅ、おじさん♪」


 男性はうってかわってニヤリと笑った。


 アルテはまた学んだ。

 そうか、デート、あたしは価値が高い、色町通り、これを組み合わせればいいんだ。そうすれば男性は喜んでくれるんだ。

 これはいい情報を得ることができた。そう思ってアルテはふふっと笑みをこぼした。

 初めて町に繰り出したアルテの心は思いのほか踊っていたようで、とても浮かれている。

 アルテはきびすを返し、丘の上にある家へと走った。




 実は、今日一度にあまりにたくさんの事を経験したため、アルテの頭脳を構成する一部の回路がショートしていた。

 それに気づいたのは、マスターに定期メンテナンスを受けた時だ。

 なにかあったの? というマスターの問いに、アルテはあふれてしまいそうな笑みをグッとこらえて答えた。

「いいえ、なにもありませんでした」



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