第3話 アルテ、着替える


 町は思っていたよりもずっとずっとにぎやかだった。

 レンガ造りの地面を歩くたくさんの人々。重なり合った無数の足音はアルテの足を伝って全身に響いてくる。今まで自分とマスターという二人だけの空間しか経験したことのないアルテにとって、町は完全に別世界だった。

 そんな中をビクビクしながら縮こまって歩くアルテは、すれちがう人々にもれなく見られた。なぜこんなにも好奇な視線を浴びせられるのか。アルテはまわりを見回してすぐに気づく。


 みんなおしゃれだ……。


 大人だけではない。自分より小さな女の子たちでさえ、ウェーブのかかった髪をアピールするように歩き方や姿勢を変えている。鳥の羽が刺さったつばの大きな帽子をかぶっていたり、ひらひらと風になびくフリルのついた派手なスカートをはいていたりと、ほぼ黒一色で統一された自分がどれだけ地味で逆に目立ってしまっているのかということがはっきりと理解できた。


 アルテはすぐにひらめく。

 きょろきょろと視線を泳がせてショーウィンドウ越しに見えた洋服を確認すると、一目散に店に入っていった。




「いらっしゃい」


 店に入ると、やっぱりオシャレな女性が声をかけてきた。

 アルテは一瞬たじろいだが、冷静にあたまの中で対応方法を検索した。


「あ、はい。あの、おはようございます」

 そしてペコリと深く会釈。

「え? ……ふふ、可愛い子ね。でももうお昼をまわっているわよ」


 おかしい。あいさつをしたら同じように「おはよう」とそう返ってくるはずなのに。

 そう思ったが、とりあえず次の工程へ向かうことにした。街へ出たことによる不確定要素が多すぎて、マスターが家に帰ってくる時間までにことを済ませることが難しくなりそうだったから、アルテはちょっと焦っていたのだ。


「洋服を買いに来ました。お金はあります。えっと、い、いくらでしょうか」

「あらあら、なにをそんなに慌てているの? ……あ、そっか、男の子とデートの待ち合わせでもしているのね? ふふ……ちょっと待ってて」

「え、デート……って」


 知らない単語だった。意味を訊きたいと思ったが、あまりに素早い彼女の服選びとペースにはまってしまい、きりだせない。


「これなんかどうかしら。華奢なあなたならよく似合うと思うわ」


 女性が持ってきたのは、着慣れている今の洋服と同じようなワンピースだった。ただ、色や装飾はまったく違った。白を基調として、そこへピンク色の柄がちりばめられた可愛い色合い。生地は薄目で、袖口やスカートの裾の部分にはふんだんにフリルが使われている。

 アルテが戸惑っていると、女性はさらに追加でいくつかの装飾品を持ってきた。


「このベルトはちょっと腰に引っかける感じでつけるのよ。それとあなたのしているカチューシャ。すごく似合っているんだけど、ちょっと地味だと思うの。だからこのリボンをしてみたらどうかしら」


 あれよあれよという間に、アルテは着せ替えさせられた。

 マスター以外の人間との初めての会話にただでさえ緊張しているところへ、まったく興味のなかった洋服の知識や感覚を叩きこまれたため、頭の回路は熱暴走を起こしそうだった。

 結局アルテは一言だけ残して、外へ出た。


「全部かいます」


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