09 タツミくん、現実を知る


「そういえば」


 ほとんど食べ終わる頃、タツミはライドウに聞いてみた。


「魔力がない人の場合は、なんか魔力を手に入れる方法とか、ないんですか?」


「無いな」


 ライドウがあっさりと答える。ついでにタツミに茶をいれてやるために立ち上がった。


「動物に因子を付与する研究自体は昔からあるが、まぁほとんど成果はない」


「そう、なんですか」


「一番可能性が高そうなのが遺伝子操作だがな。それでもまだ成功例はないぐらいだ」


 ライドウが茶のなみなみつがれた湯呑みを置いた。


「あ、ありがとうございます」


「で。お前、それはクヅキのはなしか?」


「え、や。あー」


 別段そういうつもりではなかったが、タツミの頭にクヅキのことが浮かんでいなかったと言えば、嘘になる。

 あたふたしているタツミを見て、ライドウは初めてクヅキがタツミに魔力がないことを話したのだと知った。


「あの馬鹿。無防備にもほどがある」


 顔をしかめ、きつくタツミをにらんだ。

 そのあまりの鋭さにタツミが震え上がる。


「タツミ。その話は、絶対、誰にも、するな」


「は、はい。別に、俺、誰かに話そうとか、そういうつもりは、全然ないです」


「つもりも糞もない。うっかりだろうがそれとなくだろうが、たとえ匂わせる程度でも絶対に漏らすな」


 こくこくこくと小刻みにタツミはいっぱい頷いた。


「絶対、絶対に話しません」


「よし。肝に命じとけ」


 ようやく鋭い視線から逃れ、タツミは目をしばたく。


「やっぱり、なんていうか、……ヤバい、んですか?」


 魔力がないと知られることは危険なのか。と聞きたかったのだが、あまりにライドウが怖くてうまく言葉にならなかった。

 しかしライドウには分かったようで、「そうだ」という答えが返ってきた。


「身を守る魔術も使えなけりゃ、守ってくれる法律もない。人間じゃあないからな」


 クヅキが傷つけられたところで、いいとこせいぜい器物損壊罪にしかならない。

 それもクヅキに所有者がいれば、だ。


「あと、国の指定保護動物だからな。バレたら捕まる」


 タツミは、ライドウが「保護」と言いながら「捕まる」と表現したことに違和感を抱く。


「捕まったら国が守ってくれる、ってことですよ、ね?」


「希少動物としての保護ではあるが、種の保存は目的じゃない。そういうだがな」


「ど。え、じゃ、じゃあ、もし捕まったら、どうなるんです、か?」


 ライドウは能面のような顔でそれを敢えて知りたいのかと聞いてくる。


「う、や、ええと」


 でも多分ここで聞いておかなければ、タツミはずっと気になり続けるだろう。クヅキの顔を見るたびに気になってしまいそうだ。


「聞きたいです。俺、全然まわりにいなかったから、なんとなくF判定て都市伝説みたいに思ってた、んです。でも、そうじゃなくって、ただ俺が気づいてなかっただけ、なんですよね」


「そうだろうな。魔力がないF判定ってのは、他の試験で出す判定とは違う。乳幼児健診で異常として診断されるんだ。だいたい乳児の時点で見つけられて人間社会から弾かれる」


「弾かれる」


「その子の出生届が抹消される。戸籍も名前も、生まれたという事実がなかったことになる」


 息を呑んで固まるタツミに対してライドウは言葉を続ける。


「我が子に魔力がないと知った親が子を捨てるのか、泣きながら取り上げられるのか、親の気持ちは俺には分からん。ただ大抵の親は、生んだ子供に魔力がなかったことは隠す。お前のまわりにいないのは当たり前だ」


 魔力の量が人の優劣を決める社会だ。人並みより魔力が劣れば家族の恥さらし、なのである。

 そのことをタツミは痛いほどよく知っている。


「それで、その子供はどう、なるんですか?」


 ライドウは遠回しな言葉を選ぼうとし、しかしそれだとタツミには分からないかもしれないと思い直した。身も蓋もない言葉を吐いた。


「まぁ、動物実験の素体とか、あるいは好事家の愛玩動物とかが多いな」


 魔力のない人間は人間として扱われない。その事実は当然のように知っていたのに、タツミはようやくそれがどういうことであるかを理解した。

 今沸き上がってくる感情が怒りなのか、よく分からない。


「そんな。でも、だって、魔力がなくたって人間は人間なのに」


 しかし、昨日野垂れ死にそうだったタツミより金持ちにペットとして飼われる暮らしの方がよほど良い可能性も高い。

 という指摘はタツミが可哀想になるのでしないであげてほしい。


「その通りだよ。お前の言うことが正しい。でもそう思えるやつは、あまりに少ない。魔力のないあいつらには声を上げられるだけの力はないし、かわりに声を上げるやつが現れるほど知られてもいない。現状、どうにもならない」


 無責任な物言いだ、とタツミは思った。思ったが、ついさっきまでなにも知らずにぼのぼのしていた自分が怒っていいことでもない。

 タツミはアホだが、自分の無能さはわきまえている。


「聞かない方がよかったんじゃないか?」


 どうしようもない事実ならタツミ一人知っていようがいまいがなにも変わらない。知らないでいたってよかったし、その方がタツミにとっては幸せな世界だったかもしれない。

 ぼんやり座ったままのタツミへ、ライドウはからかうように聞いた。


 タツミは、首を横に小さく振った。


「そうか。お前、めんどくさいアホだなぁ」


 どうしてここでアホだと言われるのか、タツミには分からない。ただなんとなく貶されてはいない気がした。


「ま、この件については考え込むのはやめとけ。そんな時間あるなら、お前は仕事覚えたほうがいいから」


「え、あ、はい」


 確かにタツミには無駄に怒るぐらいしかできることはない。

 それなら早く仕事を覚えて、クヅキの役に立って、ちゃんと稼げたほうがいい。


「あ、でも」


 タツミにはもう一つ気になることがあった。


「それなら、なんで……どうやってクヅキさんはここに、いるんですか?」


 タツミのまっすぐ見上げてくる視線を受けて、ライドウは舌を巻きたい気分だった。アホだからかなんなのか、どうしてこいつは遠慮なくまっすぐ突っ込んでくるのだろうか。

 アホだからだろう。


「……これ以上のことが知りたきゃ、クヅキ本人に聞け。俺はもうしゃべらん」


 ライドウはそっぽを向いた。


「はぁ、はい」


 さすがにタツミも本人に面と向かって聞く勇気は出そうになかった。

 そう言いつつ、アホだからどうせそのうちシラっと聞いてしまうだろう。それまで少々お待ちください。


「ほら、食べ終わったんなら、クヅキのところに茶持ってってくれ」


 新しい湯呑みにお茶を注ぎ、ついでタツミの湯呑みにも注ぎ足してくれた。


「たぶん三階の自分の作業部屋にいるだろ」


「あ、はい。ああちッ」


 両手に湯呑みを持とうとしたらめちゃくちゃ熱かった。


「……待て。ほら、お盆を使え」


 遅れて差し出されたお盆を気恥ずかしく受け取る。それへそろそろと湯呑みを二つを乗っけるタツミを見て、ライドウはそこはかとなく心配になった。


「さらに待て、タツミ」


「はい?」


 ライドウがお盆に手を伸ばす。


「Agnstgrvty nd cntrfgl frcs a ll thr frcsth flld wtr stps mvngnd stys thre.」


「?」


 ライドウが乱暴にお盆を立てたりひっくり返したりしてみせるが、湯呑みもお茶もくっついてこぼれない。


「固めた。でも転ぶなよ」


「ありがとうございます」


 すっげーとか喜んでお盆をぶん回しながら出て行くタツミを見送って、ライドウは見事に空になった食器の片付けをはじめた。


 三階へと一人降りたタツミの方は、さてどこがクヅキの部屋だろうかと立ち尽くした。

 確かあっちは大部屋で、反対の側を指さしてクヅキは部屋がどうのと言っていた気がする。たぶん。

 そちら側にはとりあえず扉が三つある。真ん中は、朝入った会議室。そして奥はクヅキがブロッサを探して覗いていた部屋。ということは、手前の部屋か。


 幸いなことに扉はどこも開け放たれている。タツミは「あのー」と声をかけながら手前の戸口を覗いた。


「ん。お、タツミ。ちゃんと腹一杯食べた?」


 その部屋にクヅキはいた。ということは、間違いなくここがクヅキの作業部屋だろう。


「あ、はい。いっぱいいただきました」


「そりゃ良かった」


 その“いっぱい”はクヅキの予想を遥かにこえるいっぱいだが、まぁ特に問題はない。


「そんなとこ突っ立ってないで入れよ」


 そう言われ、タツミはそっと部屋へ足を踏み入れた。

 会議室よりやや広い部屋なのだが、なんだかぐちゃぐちゃいろいろあって圧迫感がある。そしてあまり片付いていない。


「ライドウの飯、うまかっただろ?」


 そう言うクヅキは顔も上げず、大きな作業机にへばりつくような姿勢でなにかをがりがり描いている。


「はい、めっちゃうまかったです。えっとあの、お茶持ってきました」


「お、ありがと。そこら置いといて」


 クヅキが作業机の上を指す。しかしタツミが見ると、広い机の上はぐちゃぐちゃに物が散乱していて湯呑みの置き場もない。全く片付いていない。


「……」


 タツミが困っているのに気づいたクヅキが、適当に物をのけて空間を作った。机の端から押された物がぼとぼと落ちた。


「……ええと、じゃあそこに置いときます」


 この人、片付けとか苦手なのかなぁと若干引きつつお茶を置こうとしたタツミは、はたと気づく。

 湯呑みがお盆から剥がれない。


「……ぇぇ」


 どうしようと思いつつあれやこれやしていたら、とうとうクヅキが顔を上げた。


「どうした?」


「あ、いや。ライドウさんにお茶とお盆を固めてもらったら、取れません」


「……魔術か。それは俺じゃあどうにもならないな」


 考え込み、そしておもむろにサイドの引き出しから先の尖ったハンマーをひっぱりだした。


「貸せ、お盆をたたき割る」


「え、ええ?」


 躊躇するタツミを無視して容赦のない一撃をお盆に振り下ろす。

 ガンッと激しい音がしたが、お盆は壊れなかった。傷すらつかなかった。


「ちっ。固定の魔術で硬化までしてるな。物理じゃ無理だ」


 どうせ放っておいても冷めもしないだろうからしばらく捨て置け、などと言う。

 そしてまたクヅキは机に向かって描き始める。


「あ、じゃあ、とりあえずそこらに置いときます」


 お盆ごと作業机の上に置くのは無理そうで、タツミは適当な棚の上を見つけてなんとか置いた。

 置きながら思った。


 絶対にクヅキは大人しく飼われるようなタマじゃないな、と。

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