あおいえき

「うわっ」

「えっ!?」

「……クロ、ごめん、食べちゃったよ……」

「何の話?いや、答えなくていいよ。とりあえず起きて」

 がしがしと頭を掻いて、つるりとした輪郭をなぞって撫でる。それから布団を蹴り飛ばして、乱暴に服を脱いで、クローゼットから服を―――。

 そうだった。ほぼ全部カバンに詰めたんだ。がらんとしたクローゼットを見て、思い出す。仕方なくカバンに詰め込んだ服を適当にいくつか引っ張り出して、それに着替える。脱いだ服も、蹴り飛ばした布団もそのままに、キッチンへ。


 パンを二枚トースターへと突っ込んで、ミネラルウォーターを鍋に注いで火にかける。いつ買ったかわからないコーヒーの粉をマグカップへと注ぐ。お湯が沸く前に、トースターからチンという音がする。きつね色になったパンに、いつもより多めにバターを塗って、これでもかといちごのジャムをのっけた。赤い宝石がたくさんのったパンだ。ああ、おいしそう。でもまだコーヒー用のお湯ができてない。ひとくち、ひとくちだけ先に食べようかな。

 ぐらぐらと湯が沸き立つ音がしてきた。よかった、私の気持ちもぐらぐらしてたから。ちょうどいい。火を止めて、コーヒーの粉が入ったマグカップにお湯を注ぐと、コーヒーの豊かな香りが辺りに広がる。これならきっとおいしいはずだ。

 テーブルにパンとマグカップを置く。外はまだ暗い。一人で朝ごはんを食べる。贅沢にいちごのジャムをのっけたパンは予想通りにおいしいし、コーヒーは思ったよりもおいしいし。最高だ。

「おいしい」

「ダリア」

「……気にしないで」

 目からこぼれ落ちてくる水を拭いながら、贅沢なパンを食べた。


 □□□


「いってきます」

 大きなカバンを持って、クロを抱えて、私は家を出た。

 目指すは始発駅である“あおいえき”だ。自分の家から歩いて五分くらいのところにあるので、クロとたわいない話をしていればすぐだ。

 入り口付近には、ハロウィンのお化けのようなまるい形をしている車掌さんが立っている。のっぺりした味気のない顔で口も開かずにしゃべり出すのだからまあ不気味だ。

『切符をお見せください。』

「はい」

『…………拝見しました』

 パチリ、と切符を切る。そして胸元にいるクロを見て一言。

『ペット―――?…………』

「これはペットじゃないです」

『…………検索中……少々お待ちください……』

 あまり新しい車掌さんではなかったようだ。システムエラーを起こしている。たぶんまだペットがギリギリ少数残っていた時代に作られたロボットなのだろう。今はもう猫や犬などといったペットは謎の流行病にかかって、死に絶えている。生きているペットなどこの世界ではいないのだ。

 ピーピー、ピーピー、ガガッ。変な音を立てながら、車掌さんはシステムエラーを直している。

『“ボックス”ですね。サイズも問題ありません、どうぞご乗車ください。』

「はーい」

 駅構内へと入ると、うすい青い液体で満たされていた。足が少し浸かるぐらいの高さで満たされている。もちろんこれは本物でなくてホログラムというやつだが。足を動かすとぱしゃという音と共に、液体を蹴ったようなホログラムが表示される。表示されるだけで、水の感覚があるわけではない。それがどうしようもなく悲しくて、さっさと電車に乗った。


『それでは時刻になりましたので発車します。駆け込み乗車はおやめください…………』


 ゆっくりと電車は動き始めたのだった。

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