少女終末論

武田修一

始発

 つるりとした輪郭をゆっくりと指でなぞる。黒い猫のような形をしたものは、わざとらしく、「にゃあ」と鳴いた。

 形は確かにそれらしく作ってあるが、触れると明らかに偽物だとわかる感触になっている。

 これは様々なものを収納することが可能なものであり、“ボックス”と呼ばれるものだ。形は猫だったり犬だったり、ふくろうであったりで、どれも大きさはそれほどないものしかない。コンパクトで大量に収納できる方が人気が出るから。質感はすべて統一して固く、温度というものが存在しないもの。下手に感触をよくするとボックスとしての機能ではなく、それ自体を愛する人が出てくるため。

 既に機械人形オートマチックドールがいるのだから、それに準ずるものはもう必要ないと判断する企業は多かった。機械人形オートマチックドールとは、人に近くそれでいて人よりも美しい、機械であるのに温度を持つ、AIが搭載された機械だ。愛玩用のおもちゃとしての扱いだったり、人を守るための扱いであったりと用途は様々だ。

 私は、不思議とそれを欲しいとは思わなかった。人に近い形をしている温度を持ったモノを買うのは怖かったのだ。雑貨品コーナーにあった売れ残りの黒い猫のボックスの方が欲しいと思ったのだった。温度を持たない、喋らない、ただ猫の形をしたボックス。それがいいと。

「思ったんだけどねー」

「なぁに?ダリア」

「まさか喋ると思わないじゃん……」

「元々そんな機能はないし。ダリアが選んだ僕はちょっと他と違っただけ」

 そう言って、目の前を歩く黒い猫。黒い猫なのでクロと呼んでいる。クロは優雅にまるで生きた猫のように歩く。生きてはないし、ボックスなんだけど。

「で、明日行くんでしょ?準備はしなくてもいいのかい」

 クロに言われて思い出す。そうだった。

 私は、まずクローゼットから服を引っ張り出すことから始めるのだった。


□□□


 数日前に電車のチケットを格安で買った。始発から終点まで乗ることが可能なチケット。朝の七時から始発に乗り、夜の七時に終点に辿り着く。

 技術の発展により、電車なんて乗る人が少なくなっており、今や乗る方が珍しい時代だ。それなのに私はチケットを買い、クロと一緒に電車に乗る予定だ。そのために今時珍しい大きなカバンも買ったし、中には服とか服とか服とかをたくさん詰め込んだ。クロには、その他雑貨品を収納しておく。

 時計を確認すると、結構遅い時間になっている。明日も早いんだし、早く寝なきゃいけない。

「さ、クロ。行くよ」

「明日の朝でもいいんじゃないの?」

「い、や! クロは気にしないかも知れないけど私は気にするの」

「人間は複雑だね」

 やれやれ、といった風にクロは首を振った。


「……誰もいないよね?」

「たぶんいないよ」

「……まあいいか。犯罪ではないし」

 これまた私くらいしかやらないであろうことである。

 私は朽ちた広場の噴水の前に立っている。噴水といっても、水なんかもうとっくに出やしないし、ホログラムの水ですら表示されなくなって久しい。それの横に大きな机が置かれている。その机の上には、古い紙幣がたくさん置いてあった。机にぶら下がるようにして一枚の紙が揺れる。そこには“ご自由にどうぞ”の文字。つまりは自由に持って行って大丈夫な紙幣なのである。もちろん、このお金、今のこの国では、一銭の価値もなく、誰も欲しがらない。そういった事情で、ここに放置、いや置きっぱなしにされている。誰にも必要とされていないこの広場と一緒に、朽ちていくのだろう。

 山のようにある紙幣の一部をむんずと掴んで、クロに収納していく。何度繰り返してもその大きな山は崩れていくことはなく、また減ることもなく。クロが「もういいでしょ」と言うまでひたすらに繰り返したのに。来たときと変わらない朽ちていく広場だ。

「ダリア。行こう」

「うん」

 私たちは広場を去った。

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