第2話

 畏れを知らぬ皇帝か、それとも神像などと呼ばれ畏れられていたあの巨人か。それともそのどちらもなのか。


 少女は涙に濡れたまぶたを持ち上げる。碧玉の瞳に映し出されたのは荒野の向こうから土煙を上げてやって来る存在だった。


 もし、もしも、全てが滅茶苦茶になった原因がその二つにあると言うのなら、そのどちらをも滅ぼしてやろう。報いを与えよう。それが出来る“力”が自分にはあるはず。少女の背後には白銀の巨人が控えていた。


 一


 帝国の一団は目覚めたいにしえの兵器を確保すべく精鋭を送り込んだ。


 少女と白銀の巨人の動きはその派手さもあり半ば筒抜けで、これまでこそ襲撃しなかったのは確実にそれを捕らえるための兵力を集めるためだったからである。


 騎兵と戦車を合わせ、その数は一千は下らない。道中の街や村にて略奪を行い、暴虐を働くことで兵の士気を高めた。今帝国のその千人隊は無敵の心意気にあった。


 だが、彼らはあまりにも謳女とそれが従える巨人を侮りすぎた。


 千人隊の尖兵。軽量にして駿馬を駆る部隊の目は鷹のそれに勝るとも劣らない。故にその一人が気付く。遙か彼方、巨人が居るという村の方。そこで瞬いた赤い輝きを。


 直後、尖兵の一団は先頭から真っ二つに、迸った赤い渦により割られた。


 馬も人も、その渦により蒸発し跡形も残らない。突然の襲撃に恐慌を起こす兵と馬をどうにか鎮め、残った尖兵は逆走を始める。状況を後方に知らせるためだ。


 襲撃あり。巨人が放つ赤き光りを見たり、と。


 そして次の攻撃は、背中を向ける尖兵たちを襲うことは無かった。まるで見逃しでもするかのように。


 響くは“謳”。丘の上では巨人が右手に握り締めた四角い口を持つ砲(ディフューザープラズマランチャーと云う)を持ち上げていた。それからは煙が上がり、先程の攻撃がそれから放たれたということを間違いないものとしていた。


 その後巨人は左腕に少女を乗せ、一度立てたその膝を再び屈した。


 帝国の占領への襲撃を繰り返す内に少女は理解を深めていた。白銀の巨人は不調であることを。しかしそれは戦いを繰り返す度に解消されつつあることも。


 そして村を解放した際の戦いで気付く。巨人が持つ驚異的な力の一片。少女はそれを巨人へと命じていた。故のその行動。


 巨人の全身は風を操り、それを嵐のように噴き出して鳥のように空を飛ぶことが出来るのである(マルチプルフライトスラスターと呼ばれる飛行機構)。


 巨人はその両脚から凄まじい勢いの風を噴き出し、その巨躯を軽々と空へと浮かび上がらせる。脚と、そしてその後背中からも風を吐き出し、空中で姿勢を安定させた巨人は少女の謳の調べにより遙か彼方に、普通では視認など不可能なはずの距離から帝国の千人隊を捉えた。そしてそれは少女の眼にも映ることになる。より正確にはその頭に、巨人が見る光景が見える。


 千人隊の尖兵はもうじきばく進を続ける後続の本体と合流しようという所にあった。


 そして巨人は宙で脚の噴射を利用し雲のようにそこに留まると砲を持った右手を突き出す。砲は形を変え、巨人に右腕を包み込んで巨大なつつになる。


 それは砲だけで放った先程の一撃とは違い、巨人の心臓と砲を直接繋げ、それの力を加える形態だった。少女にとっては忌まわしきその力。しかし、知らしめるにはちょうど良い。報いを受けさせるにはこれで良い。


 謳を紡ぐ少女の口角が意識せずに歪み、そこに笑みを作り出していた。


 尖兵隊が本体に合流しようとするその間際であった。巨人の右腕と同化した砲の、その砲口で堰き止められていた赤い光りが崩壊した。


 嵐の夜、吹き荒れる突風が如き不安を煽り立てる音を立てて天より放たれた長大なる赤は尖兵隊の頭上を過ぎ去り、それが落ち合おうとしていた千人隊本体の只中へと落ちた。


 そうして生じるのは閃光の塊と、無数の稲妻。それらは夜を真昼の如く照らしだし、迸る稲妻は天を裂き大地を砕きながらそこをのたうち回る。


 生じた光塊は徐々に膨張して行き、千人隊を次々と飲み込んで行く。尖兵隊は衝撃に煽られ、馬に跨がったそのまま吹き飛ばされてしまう。


 その光景を見詰めながら、謳うことを終えた少女は巨人の腕の中で恍惚として確かな笑みを浮かべていた。少女は光が収縮し、溶解と凝固を果たしガラスと化して行く大地を前に放心し、蠢く虫の如き尖兵隊の面々を見下ろした。

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