白銀の巨人 ~プライマス~

第1話

 巨人と廃人の少年を連れた少女は次々と帝国の者をその圧倒的なまでの力で駆逐していった。


 少女は帝国から解放した者たちに見返りとして食事と寝所を求めた。


  謳女と語られ、その謳で白銀の巨人を従える姿はわけを知らぬ者たちには神々しく映り、程度を知らぬ皇帝の横暴に神が怒り、天使を使わしたのだと云う。少女が向ける、憎しみの瞳になど気も付かないで。


 家の屋根と同程度の高さを持つ巨人を野外に放置し、提供された部屋で粗末な食事を取る少女。


 心を病んだ少年は巨人と同じで少女に付いて回るばかりで、一人では用を足すことも食事もままならない。世話をしてくれるという者が現れれば良いが、そうで無い限りは少女が少年の世話を焼く。


 食事を与え、用足しに手を貸し、ベッドに寝かしつける。


 少女に少年の面倒を見る斬りなど無い。むしろ少年は忌むべき帝国の人間。見捨てるのでも、なんならば巨人に命じ踏み潰すことだとて苦は無いだろう。それでもそうしないのは、その理由は少女のみが知る。


 ベッドに体を横たえた少年はそのままでは眠らない。今の彼は肉体が限界を迎えるその時まで活動を続けるだろう。食事も睡眠も、少年はそれらを自ら行うことをしない。壊れているからだ。


 故に少年を眠りへと誘うのは専ら少女の子守歌であった。全てであった森を、そこに住まう生命たちを半ば自らの手により無に帰してしまった少女に残されているものは帝国への憎しみと怒り、そして悲しみと後悔といった後ろ向きなものばかり。


 そんな少女が唯一、負の感情と関わらずに済むのが歌であった。


 白銀の巨人を動かすための“謳”ではなく、ただ歌うこと。


 少年のためでは無い。寝かしておかなければ少年は何処へでも少女に付いてくる。一人になるためにも、自分のために少女は歌う。


 自分自身の歌う。そんなこと、森に暮らしていた時にはあり得なかった。


 一抹の寂しさが胸を刺す。少女の歌に、かつてのように何かを癒やし育む力はもはや無かった。如何に美しい歌声も、かつてのような生き生きとしたものは無かった。ただ美しいだけの、冷たい歌。それはまるであのガラスの大地のようであった。


 しかしそんな歌でも少年は眠りに落ちる。何処までも憎たらしい。当てつけのように眠る少年に対し、そんな想いが少女の胸に募った。


 ベッドを離れ、夜も深まる外へと少女は出た。今宵は大きな満月が夜空に浮かび、目が慣れるまでも無く外の様子がよく見えた。


 借りた部屋の出入り口の前には月明かりに照らされ、白銀の外装を煌めかせる巨人が佇む。立ってこそいるが、両腕は力無く垂れ下がり顔と呼ぶべきかそれも伏せて無数に並んだ眼も輝きを失っている。


 少女はそれを見上げながら、こんな物があるからと眉間を寄せる。


 悪いものばかりが溜まる胸の内に嫌気が差した少女は無駄と知りつつ溜め息を落とし、巨人から目を逸らすと村の外れへと向けてその足を向けた。


 村外れの林を抜けると、小高い丘の上に出て少女はそこから村と遠くまで続く荒れ地を見渡した。


 月に照らされ、夜空を行く雲の影を落とす星の背中。紺色に星々の瞬きを映す空を少女は見上げ、冷たい空気で肺を満たし、そして歌を紡ぐ。


 鈴の音のような透き通った少女の歌声が紡ぐその歌は、かつての暮らしを想起し、素晴らしかった時を語っていた。


 静かな夜に、少女の静かな歌が夜風に乗って流れて行く。


 本当は、全てを奪った“謳”のように過去のことなど歌にしたくなかったと少女は思っていた。だが、今を歌にすればそれはきっととても辛いものになってしまう。少女は自分に残されたものをそんな風にしたくなかった。


 故に仕方なくも、せめて楽しかった思い出も歌にする。記憶の闇から浮上してくる光景が内側から少女の胸を突き、閉じたまぶたの隙間から涙が流れ出した。


 否が応でも考えてしまう。何故あんなことになってしまったのかと。


 誰のせいか。何のせいか。

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