第2話

 調べに導かれ、少女の背後に鎮座した神像が音を立て、無数の破片となって崩れだした。


 眠りの揺り籠より起き上がるは鋼の骨子で築かれた、痩躯にして巨大なる白銀の人形。


 誰しもが見上げるその巨人は唸りを挙げ、吐息は風となる。温かなるその風は塵を巻き上げ、煙となり大勢を取り巻いた。


 謳は止まない。


 白銀の巨人の腕に抱かれた少女の唇はただひたすらにその胸から溢れかえる想いを謳に変えて行く。


 巨人の顔に無数に並んだ眼がそれぞれ異なった色の輝きを放つ。


 人とも、獣とも違う、低く重く冷たい唸り声を挙げながら、白銀の巨人は右手を持ち上げる。その先に握り締められたるは特異な姿形をした、四角い口を持つ砲。


 火も要らず、砲弾すら要らず、その砲口は突然に赤い輝きを迸らせた。


 始めは糸のように細い光りが一直線に森の遙か彼方、大勢たちの頭上を背後に向けて伸び、直後としてそれは咆哮を挙げて赤い光りの渦を吐き出す。


 それはまるで大陸に存在する獅子の鳴き声のような音を立て、閃光は見上げる者たちを圧倒する。


 光りの渦が彼方へと過ぎ去り、誰も雄叫びも怒号も挙げること無く静寂が訪れる。


 そして今一度、口も鼻も持たぬ巨人が吐息を溢した。その音に弾かれ、恐慌に陥った者たちは散り散りに逃げ出して行く。


 取り残された少年はその光景に遠征の終わりを思う。神像の怒りに触れたならば、誰もこの地に二度と寄り付くことは無いだろうとも、逆にその力に魅せられた帝王は再びその触手を向けるのだろうかとも考える。


 争いは終わった。


 泣き叫び、狂乱する声ばかりが響き遠くなって行く。しかし少年の耳にはいまだに少女の謳が届いていた。


 謳は終わらない。


 神像の怒りは、いまだ収まらず。白銀の巨人が持つ砲は右手を喰らい、腕と一つの巨大な砲へとその形を変化させた。


 再びの唸りを挙げる巨人が備えし砲口には、再びの赤が灯る。それは先のものよりもずっと濃く、そして深く、明るかった。


 閃光が奔る。その後に押し寄せる渦は、猛り狂う大河のように膨大で、それが巻き起こす風に少年の小さな体は木の葉のように舞い上がった。


 赤い大河は森を裂き、大地を溶解させ、逃げる者を穿つでも焼くでもなく飲み込むと、それを瞬く間に空気へと還した。


 砲からいつまでも流れ出す赤の河を、白銀の巨人は薙ぐ。


 次々に森を世界に還し、そこに在った生命も、悪しき者たちも皆等しくそこに在ったという事すらも消し去って行く。


 謳は止まない。


 少女は謳う。かつてあった諍いの謳を紡ぎ続ける。


 夢を見る白銀の巨人は、己が使命を全うするべく、その力を奮い続ける。


 少女の謳は、巨人が見る夢。


 やがて白銀の巨人が振るいし力はその矛先を収めた。


 そしてそれは、巨人の見る夢が終わりを迎えたと言うこと。それは少女の謳が終わりを迎えたと言うこと。


 焼けて熱を放つ砲を彼方へと向けたまま、巨人も、巨人が抱く少女も沈黙した。


 その足元では、捲り上がった土に埋まる少年が、少女と白銀の巨人が見詰める先を朧気な思いのまま見ていた。


 そこにもう森は無く、生命も無かった。


 あるのは溶けて、再び固まり、きらきらとした輝きを放つ冷たい硝子の平地だけだった。


 虚ろな目を少年は空に向ける。


 青い空が広がっていた。

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