夢を謳う少女 夢を見る巨人 厄災の種

こたろうくん

森の謳女 エウレイアの章

第1話

 その森には歌う少女が住んでいた。


 木々と草花、森に暮らす生き物たちと日々の糧を分け合いながら、その少女は歌で生命を癒やし育む力を使った。


 遙かいにしえにこの大地に根付き、そして最初の謳女と共に森を創った神の像の元、少女は歌う。


 少女の歌は風に乗り、水に溶け、森の隅々にまで行き渡る。


 この場所に、現世の触手は届かない。人々が畏れ敬う限り。


 しかし人の欲は刻を経て、力を継承する度に際限なく膨れ上がって行く。いずれ、禁忌への畏れすら忘れさせてしまうほどに。


 そして遂に畏れを忘れた者たちが大挙して森へと足を踏み入れる時が来た。


 森を、謳女を、神像を畏れ敬う民たちを赤き鮮血の海に沈め、その汚れた剣を携え、足で清浄なる地を踏散らかした。


 か弱き生命を殺め、それを欲のままに喰らい森に罪無き血を流し、不浄なる行いで少女の歌を乱した。


 やがてその者たちは火を放った。


 木々も草花も、そこに暮らす命たちを悪戯に灰へと変えた。


 いまだ悪しき者たちの触手は少女が歌う神域には到らず。しかし、それらの行いは空を覆う赤として神域を照らし少女の瞳を悲観に眩ませた。


 無情にも焼かれ、失われて行く森と、それが内包する生命の嘆きは姿形無き剣となり少女の胸を穿ち、絶え間なき苦痛を少女へと与えた。


 そして苔生した神像が見守る前でそんな己の体を抱いて膝を屈する少女の前に、少女の居る神域に一人の少年が姿を現した。


 少女を見た少年は彼女に逃げるようにと言う。欲しいのはいにしえの兵器だと言って。


 しかし少女の目には少年の腰に下がる獣の頭と、手にした赤にぬらつく剣だけが映っていた。


 そして痛みの募る胸に押し寄せるは少女がこれまで懐いたことの無い憎悪や憤怒の感情がその芽を出していた。


 直に皆が押し寄せる。慰みになぶられ、殺される前に姿を消すのだという少年の後ろには既に大勢が居た。


 それらの目に灯る欲望の火が放つ輝きに曝される少女の唇を裂いて、遂にその小さな胸に収まりきらなくなった感情が溢れ出す。


 それは“謳”だった。


 いにしえを物語るその謳の音色は力強くとも酷く悍ましく、しかし憂い物悲しい。


 謳の音色のそれらの側面を受け取るのはその者たちの心根によった。大勢は力強さと悍ましさに圧倒され、怯え足を竦ませた。


 しかし立ち尽くす少年だけは、少女の謳がただ悲しいものに感じて、その瞳を波立たせていた。


 怖気を覆い隠すように挙がる雄叫び、怒号。その瞬間、大勢は少年を飲み込み少女の謳う神域へと雪崩れ込んだ。


 謳は止まない。


 それはいにしえを語る謳。


 遙かいにしえにあった、巨大で凄惨な諍いを語る謳。


 そして、それを今再び呼び覚ます謳。


 “力”振るう、鋼の巨人の謳。

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