成神たちのショッピング ②

 中田みすず、あれ、ヤバくね?


 やっぱガチなんかなあのウワサ

 こないだの朝ドラで共演した男全員と寝たってやつ?

 ヤバすぎて草


 動画アップしとこwww

 カメラ踏み潰すとこバッチリ撮れてんのマジ神ってるわwwwwwwwww


 でも急に仕事増えたじゃんね。


 だよなぁ、なんのコネもねーのにおかしいって。やっぱそれなりになんかやってるんでしょ。


 嫌いだわー、なんか、ブスを見下してる感じ。

 分かるわ。化粧品のCMとか出てるけどマジ不快だから消えてくれ〜!


 絶対性格悪いよ。


 他人を蹴落とすことに躊躇いがない、って感じするよなー。がめついっつーか。


 大炎上やんけwwwwww

 【悲報】中田みすず、終わる



「ハァッ……アッ、ウゥッ、アァ……!!」


 中田みすずは、吐き気とも寒気ともつかない、胸の内側から溢れ出す煙のような気持ち悪さに、震えながら身をよじっていた。


 ストレス性の胃炎やら血尿やら、あの男と別れてから、ほとんどの症状はどうにか耐えてきた。

 自分が成神だなんて思えない。神様が、こんな体の不調に苦しんだりするだろうか?


「ウ……ィァァッ!?」


 ベッドから転がり落ちる。

 ……段々分かってきた。これは、たぶん、ただの体調不良なんかじゃない。

 苦しみ、痛みが段々と消える……いや、姿かたちを変えていく。悪意や憎悪、嫉妬、強欲、殺意。


 盗みたい。壊したい。陥れたい。

 殺したい。


 憎い、憎い、憎い。


 何、これ。


 頭の中が、黒く染る。視界が怒りに濁り、目が燃えるように熱い。涙が溢れ出す。

 指先ですくった涙は、かった。


「いや……嫌……嫌嫌嫌いや嫌嫌イヤいや嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌いや嫌嫌嫌嫌イやいやイヤいヤ嫌」


 なんで私ばっかり。

 なんで私ばっかり。

 なんで私ばっかり。

 死ね、死ね。

 死ね死ね死ね!!

 絶対に殺してやる! 生きている価値がないのはどっちなのか教えてやるんだッ!!


 イヤダ……!

 染マリタク……ナイ……!!


 殺す。

 殺す、殺す、殺す。


「…………殺す」


 ……何を悩んでいたんだろう。


 何を憎んでいたんだろう。


 しつこいマスコミも、好き勝手ウワサする馬鹿どもも、全ての元凶の元夫クソヤローも……。

 悩む必要なんてなかったのに。

 くだらないことに時間を使ってしまった。が終わったら、ゆっくり散歩でもしよう。


「さーて、今日も一日頑張ろー!」


 世界はこんなにも、黒くて美しいのだから。



「な、なんなの、この体質は……」

「ごめんなさい……」


 痺れを切らして一緒に試着室に入ってきてくれたマヤンちゃんが、口をあんぐりとあけて私の下着姿を凝視する。

 ハンバーガーを食し、その後もCD屋さんで今流行りのバンドなどを教えてもらったりゲームセンターでぬいぐるみを取ったり、色々ぶらぶらした後。

 最後に、いつもブラックセーラーのコスプレ姿では困るからと、服を買いに来たのだが……。


「……体が、ブラックセーラー以外の服を弾いてる……?」


 ブラックセーラーの衣装以外のものを身につけようとした瞬間、バチバチッ!! と静電気みたいな力で引き離されて、どうやっても着られないのだ。

 天秤座で夜を過ごした一昨日と昨日も、私はこのよく分からない体質のせいで、用意してくれた寝巻きに着替えることが出来ず、下着姿で寝たのである。


「な、なんでぇ……?」

「私にもよく分からなくて……成神って、決まった服しか着れないの?」

「んなわけないじゃん。私もビンゴくんも、色々違う私服着たりしてるでしょ?」


 たしかに。じゃあ、私だけなのか。


「うぅ。かなかなを着せ替え人形にして好き勝手遊び散らかしたかったのにな」

「……そういうこと、本人の前で言うものじゃないと思うなぁ。お姉ちゃん的には」

「あれ、でも、そのネクタイは漫画のブラックセーラーのやつとは違うくない?」


 視線を落とし、自分の胸元を見る。

 ウス汚い深緑のネクタイ。一昨日、私が自我を取り戻した日に、椎橋くんがちぎってしまった水色のリボンの代わりとしてくれたものだ。


「へー、元々は椎橋さんの物なんだ、それ」

「うん……でもたしかに、なんでこれだけは着けられるんだろう」

「ふーむ。愛のなせる技、ってやつ?」

「なんかずっと誤解しているみたいだから言っておくけど、私と椎橋くんは全くそういう関係ではないのよ」

「……めちゃくちゃ嫌そうな顔するじゃん。椎橋さんが可哀想だよ」

「いいのよ。彼には海の生き物を3匹揃えるのが趣味の金髪ナイスバディな水着姿の彼女がいるんだから」



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 ここにきて魚群外すとかないわー! マジでない! 萎える! 死ね!

 こっちは既にスロットで9万失ってるんじゃボケ!

 いや、別に捲ろうだなんて思ってませんやん。ちょっと、ほんのちょっとでいいから楽しんで帰りたいってだけですやん。雀の涙程度返ってきたら嬉しいかなって、それぐらいのささやかな願いですやん。


「マ〇ンちゃぁぁァァァァァーーン!!」


 俺を助けてくれ!!

 10万負けはマジでヤバいってぇぇ!!



「あっ、ドッグフードも買って帰らなくちゃ」

「……? 犬を飼ってるんですか、あのアジト」


 そろそろ日も暮れかかってきたという時間帯。マヤンちゃんが思い出したようにそんなことを言った。

 既に私たちの荷物を両手にわんさか持ったビンゴさんが、とても嫌そうな顔をして異議を唱える。


「えぇー……いいじゃないか、もう。まだ一袋あるだろう。通販でも買えるし」

「ダメだよ! リリさん、明日4日ぶりに帰ってくるんだから。盛大に出迎えてあげなくちゃ」

「……リリ、『さん』?」


 犬にさん付けをしているのか、マヤンちゃんたちは。

 不思議そうな顔をする私に、マヤンちゃんはふふんとなぜか得意気に胸を張って人差し指を立てる。


「リリさんはね、すっごい賢い成神のお犬様なんだよ! 絶対に犬だからって『ワンちゃん』とか言っちゃダメだよ、プライドすごい高いんだから」

「は、はぁ……気を付けるわ」


「まったく……じゃあ僕はそこの椅子で休んでるから、2人で買ってきてよ」

「ホントおじさんだなぁ、ビンゴくん。OKAZくんなら何も言わず着いてきてくれるのに」

「何とでも言いなさい。お兄さんは疲れました」

「おじさん……」

「オ・ニ・イ・サ・ンッ!!」

「……あんまりそこに拘らない方がいいと思いますよ。ビンゴさん」


 そんなわけで、ショッピングモール特有のふかふかの休憩用ソファにだらっと腰を落ち着かせたビンゴさんを置いて、私とマヤンちゃんの2人で日用品売り場へ。


「あ、そーだ。せっかくだから、かなかな、スマホ使ってお買い物してみよーよ」

「え!? ま、まだ全然分からないんだけど……」

「私がついてるから、大丈夫大丈夫っ!」


 他のお客さんがほとんど通らないので、ドッグフード売り場の真ん中に2人で突っ立って、スマホを操作する。


「初期設定はショップでやったし。まずは、ナルpayペイのアプリを入れてみよう」

「こ、こう?」

「そうそう〜」


 言われるがままスマホを操作し、ナルpayなるアプリをダウンロード。

 ……まだアプリっていうのが何なのかも分かっていないのだけれど、大丈夫なのだろうか。


「仮想通貨って、聞いた事ある?」

「あぁ……車の中で、椎橋くんに聞いた気がする。インターネットで管理されてるお金、だっけ」

「簡単に言うとそんな感じ。まぁ私もよく分からず使ってるんだけど。このアプリでは、銀行の口座に入っている現金をスマホの中に呼び出して。それを『ナルコイン』っていう仮想通貨に替えて決済が出来るの」

「…………」

「まー分かんなくていいや。私もよく分かってないし」


 自分のお金のことなのに、その程度の認識で本当に大丈夫なの……?

 私の不安をよそに、マヤンちゃんの指南は続く。


「テキトーなIDとパスワード入れて。自分が覚えやすいやつ」

「ええと……はい」

「ん。おっけ。そしたら、私のスマホから5000NCナルコインそっちに移すね」

「え。え。それ、あの、え、どう、やったら、いい、かな。かな」

「なんで壊れたロボットみたいになってんの……。何もしなくていーよ。私が送信するから、確認ボタンだけ押してくれたら大丈夫」

「あ……きた」


 あれよあれよと言う間に、私のスマホに5000円が……いや、5000NCなのかな? よく分からないが入金された。

 マヤンちゃんによれば、このまま、『バーコードを表示』を押してレジの店員さんに見せれば無事に買い物が出来るそうだが。


「ね、ねぇ。ホントに? ホントにこれだけでいいの? イタズラだと思われない?」

「だーいじょうぶだーってばー。妹の言うこと信じられないのー?」

「そうじゃないけど……簡単すぎるっていうか、お金のやり取りなのにこんなトントンいっていいのかなっていうか……」

「はいはい。分からず屋には実際にやってもらうのが一番早いよね。とりあえずドッグフード持って並ぼ〜」

「ちょ、ちょっと。まだ心の準備が!」

「じゃあ今して。今すぐして。なんでも出来るんでしょ。『私には、心の準備が出来る〜ん!』って言うんでしょ?」

「そんな言い方じゃないもん!」


 などと言いながらも、結局レジに並び。


「はい、ナルpay決済ですね〜バーコード失礼しま〜す」

「あ、お、おおぉぉ……」


 ……か、買えてしまった。


「ね、簡単だったでしょ?」

「これが文明の進歩……! 10年経つとここまで違うのね……」

「原始人みたいだねー、かなかな。んじゃ、買うもんも買えたし、早いとここのドッグフードをビンゴくんに持たせちゃおう」



 ……まずいかもしれない。


 マヤンちゃんと時任さんを買い物に行かせた隙に、ぼくは仕事用の携帯を出して、中田みすずさんの番号を呼び出した。

 応答はなく、留守電サービスに切り替わる。ぼくは留守電を残すことなく、溜め息を吐いて携帯をしまう。


「……『悪神オディール化』していなければいいが……」


「おーい、ビンゴくーん!」


 ……2人が戻ってきたようだ。難しい顔は隠さなくては。


「おかえり」

「聞いて聞いて! かなかなね、自分のスマホでお買い物できたんだよ!」

「マヤンちゃんにサポートしてもらいながらですけれど……」

「おぉ、すごいじゃないか。さっき初めてスマホを持ったばかりなのに。ぼくなんか、今になってもキャッシュレスに慣れないよ」


 今日は、楽しい楽しいお買い物。

 仕事も、天秤座の活動も、今は忘れろ。彼女らに一分いちぶたりとも不要な不安を抱かせないように。


「それじゃ、もう買う物はないかな?」

「そうですね。私は、当面の生活に必要なものは用意できたかと」

「うん。じゃあ帰ろうか」

「待った! 最後にアレ買わなくちゃ!」

「「アレ?」」


 なんだよ、アレって。もう一通りいるものもそんなにいらないものも買い尽くしただろうに。

 マヤンちゃんの指さした先。不思議で奇抜な品物ばかりを取り扱う雑貨店の店先に並んだそれは、ぐいんぐいんと首を揺らして我々を待ち受けていた。


「…………」

「……いや、マヤンちゃん。私、別にあれ欲しいわけじゃあ……」

「えー?」

「……まぁ別にいいけどね」


 最後に揺れる花のおもちゃを買って、ぼくたちの長いようで短い、楽しいショッピングの一日は幕を閉じたのだった。



「…………」


 2000円だけを財布にも入れずハダカで握りしめ、パチンコ屋を後にする。


 結局、最後に打ったパチンコをだいぶハメた挙句に単発で終わらせた俺は、これ以上追加投資する気力も湧かず、まだ夕暮れの気配もない昼過ぎに戦いの場から離脱した。

 ……10万負けか。さすがに心折れるわ。

 ここまで当たりに恵まれない酷い日は久々だ。もしかしてホントに誰かに呪いでもかけられたんじゃないか? 責任者出てこい、マジで。

 やってらんねー。歩きタバコはやめましょうなんて聞こえねー。国家権力死ねー。ヤニに火をつけ、半ばヤケクソになって帰り道でもなんでもない方向に歩く。


 あーあ。無限に金が降ってくればいいのにな。


「『お金』をお望みですか?」


 ふと、背中に声をかけられる。

 気付いたら、かなり歩いていたらしい。ビルとビルの隙間、暗い路地裏には、不法投棄された電子レンジの他に俺とその少女だけ。

 ……ゴスロリっていうのか。昔の女児向けアニメみたいな、まさに『お嬢様』という感じの服に身を包んだ少女が、両手で差し出してきたのは、300万はあろうかという札束だった。

 300万はあろうかという札束だった。

 300万はあろうかという札束だった。

 300万はあろうかという札束だった。


「…………は?」


「お受け取りくださいませ。これは……への供物のようなものなのですから。

 ミスター・シイバシ……」



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