成神たちのショッピング ①

 私が死んでいる間に、日本には色んなものか増えていた。


 歯ブラシや枕などを購入した際、初めてキャッシュレス決済というものを見た。どうやら、スマートフォンをかざすだけで銀行口座から直接お金を送金し、お会計をすることが可能らしい。

 次にファッション。もともと死ぬ前も流行に乗れているとは言いがたかったのだが、これはもう異文化すぎた。マネキンを見ながらいろいろとマヤンちゃんに教えてもらったが、聞き慣れない言葉すぎてあまり記憶に残せていない。今度また調べよう。

 携帯。私の頃はまだ二つ折りの、いわゆるガラケーと呼ばれるものだったのだが、今主流のスマホは画面がひとつ、タッチパネルで直観的な操作が可能になっているようだ。パソコンみたいにネットサーフィンも可能で、業種によってはスマホひとつで日々の仕事をこなしている人もいるそう。ギガとかの話は一回ではよく理解できなかった。


「またお越しくださいませ!」


 店員さんのハキハキとした挨拶を受け、ショッピングモール二階の携帯ショップから出る。

 ビンゴさんのお金とマヤンちゃんの手ほどき、そして店員さんの手厚いサポートにより契約できた、自分だけのスマートフォンを見つめて、私は感嘆の息を漏らす。

 マヤンちゃんとおそろいにした、ステッカーボムのようなポップな柄の手帳型ケースも可愛い。


「いやぁ。ここまで目をキラキラさせてくれると、こちらとしても嬉しいね」

「本当にありがとうございます……!」

「いやいや。天秤座で活動する時に連絡手段がないとぼくも困るし」

「帰ったら、アプリの入れ方とかいろいろ教えてあげるね!」

「うん!」


 正直、めちゃくちゃはしゃいでいる。

 目新しいお店、商品、食べ物。目に映るありとあらゆるものが初体験で、何もかもが楽しくて仕方ない。

 その上、死ぬ前には無かった、もはや未来のガジェットとでもいうべき精密機器を手に入れられるなんて。生きててよかった! 死んでるけど!


「そろそろお昼か。二人とも、何か食べたいものは……」

「ヤサイニンニクアブラマシマシ!」

「……何? 呪文?」

「前、テレビでやってたの。なんか、『次男坊じなんぼう』? っていうラーメンのチェーン店があって……」

「や、やめとこうか。ぼく明日仕事あるし」

「ちぇー」

「…………?」


 よく分からない会話だった。次男坊のラーメンというのは、食べたら次の日仕事に行けなくなるようなシロモノなのだろうか。


「時任さんは? 何か食べたいものない?」

「私は何でも大丈夫です。お昼までご馳走して頂いて本当にありがとうございます」

「もう、かなかなってば、ここ来てからありがとうとごめんなさいばっかりだよ! 遠慮しなくていいんだよ。ビンゴくん、友達あんまりいないけどお金だけはいっぱい持ってるんだから!」

「マヤンちゃんはお昼抜きでいいね?」

「あーんウソウソ」

「あはは……」

「まぁたしかに、マヤンちゃんの言う通り、そんなに遠慮しなくていいよ時任さん。ぼくのことは親戚の金持ちのお兄さんくらいに思って、欲しいものは欲しいって言ってね」


 親戚の金持ちのお兄さん、か。たしかにビンゴさんのような兄がいたら素敵だろうな。


「私のことは姉と思って、いつでも頼ってね!」

「ありがとう。でも私的わたしてきに、マヤンちゃんは妹って感じかな」

「む。……三角形の内角の和は?」

「え、180度」

「……世界の総人口は約何人?」


 なんだ、何が始まったんだ。


「私の死ぬ前の記憶だと70億だったかな」

「1時間は何秒!?」

「3600秒」

「羅生門の作者は!?」

「芥川龍之介」

「……これからよろしくね、お姉ちゃん」

「…………」

「今の常識レベルのクイズで何を決めたんだよ……」


 クイズの結果、私が姉でマヤンちゃんが妹ということになった。勉強とか、見てあげた方がいいかな……。


 だらだら歩きながら話しているうちに、ショッピングモール四階・レストランフロアに到着。


「えっと、何の話してたんだっけ?」

「何食べるかって話。時任さん、遠慮しなくていいから、何か食べたいものあったら言ってね」

「じゃあ、ハンバーガーが食べたいです!」

「あ! いいじゃん! 私も今この瞬間ハンバーガーの口になった!」

「決まりだね」


 死ぬ前は、よく一人で留守番の時に近くのハンバーガー屋さんにチーズバーガーセットを買いに行って食べていた。久しぶりにあのジャンキーな味を舌が求めた。

 ちょうどすぐそこに、『ピースバーガー』なるバーガーショップを見つけ、3人で入店する。

 レジ前のモニターで番号を表示して注文したメニューが出来上がったことを知らせるシステムなど、ここでも私が死ぬ前は無かった新鮮さに巡り会う。

 私はツインチーズバーガーセット、ビンゴさんは半熟玉子バーガーセット、マヤンちゃんはビッグビッグアンドビッグバーガーセットなる怪物級に大きなメニューをそれぞれ注文した。


「店内でお召し上がりでしょうか?」

「はい」

「かしこまりました」


 レジの機械に表示されているお会計の値段が、少し上がる。

 なるほど、これが椎橋くんが言っていた、イートインで食べると課税されるという新しい制度か。


「こちらの札の番号でお呼び致しますので、お掛けになってお待ちくださいませ」

「ありがとう」

「あ、あと……その。サインを頂けないでしょうか……?」

「サイン……? あぁ、店員さんの指の間に挟まっているその紙のことですか?」


 もじもじと両手の人差し指をつつき合せる店員さんに、ビンゴさんはにこやかに微笑み、悪戯っぽく指の間を指し示す。


「えっ、いつの間に……!」


 そこには、ビンゴさんのサインが裏面に描かれた、さっき貰ったばかりのレシートがあった。


「それじゃあ。明日生放送に出るから、是非チェックしてほしいな」

「は……はい!! ありがとうございます〜!!」


 お……おしゃれだ……。

 次に並んでいるお客様そっちのけで目がハートになっている店員さんを横目に、番号札を持って空いているテーブル席へ向かう。

 着席して荷物などを置いたタイミングで、隣席の男女の会話が耳に入ってくる。


「……ね、ね。あれ、中田みすず……?」

「え……いや、似てるけど。プロフェッサービンゴと中田みすずを同時に見かけるなんてそんな奇跡あるか?」

「なんか揉めてない?」


 二人の視線の先。エスカレーター付近で、中田みすずと思われる女性とカメラを持った男性が口論をしている。

 噂されるってことは芸能人なり何なり、とにかく有名人なのだろう。服装は男物の帽子に大きめのサングラス、部屋着かと思うようなラフな服の上に黒いコートを着込んでいる。目立ちたくないからこのファッションなんだろうけど、逆に目立ってるなぁ。


「いい加減にしてッ!!」


 数秒眺めていると、みすずが金切り声をあげ、男性の持っているカメラを叩き落とした。

 慌てて拾おうとする男性の手ごと、カメラを踏み潰す。ガチャグシャグシャン、と、精密機械が粉々になるグロテスクな音がこちらまで届く。


「何を……!! 成神が一般人の所持物を破壊するなんて!」

「私生活にまであれこれ嗅ぎ回られてウンザリなのよ!! 今の私は見世物じゃない、ほっといて!」


 みすずの主張とは裏腹に、むしろ声高に主張を叫べば叫ぶほど、周囲には人集りが出来てしまっていた。

 ふとビンゴさんの方を見ると、ゾッとするほど冷たい目で、腕を組んで騒動を眺めていた。


「……ビンゴさん?」

「成神だからって、有名人だからって、あんな不快な形で私生活にまで干渉される筋合いはないはずだ」

「みすずちゃん、可哀想……」


 マヤンちゃんによると、中田みすずは25歳の歌手。昨月、夫だった俳優の三木蘭太郎と、三木の不倫が原因で離婚。

 以来、みすずはメディアや三木のファンからバッシングを受け、日常生活でもマスコミに粘着される日々を送っているのだという。


「……っ!」

「あっ! 待ってくださいよ!!」


 追いすがるパパラッチの男性を押しのけ、周囲の奇異の目から逃げるように走り去って行くみすず。


「あ〜あ……サイアクだよ、仕事道具がお釈迦だ……にしても、ちょ〜っとダンナさんのこと聞かせて欲しいだけなのに、あ〜んなに嫌がるなんて。

 みすずさん、絶対なんかやましいことがあるんだろうなぁ〜。デビューも、他の歌手志望の子を踏み台にして枕で勝ち取ったって噂だしなぁ〜!!」

「…………」


 男性はさめざめとカメラの残骸を拾いながら、呪いのような大きな独り言を述べ続ける。周囲の民衆に聞こえるように。

 そんな彼に、カメラを向ける人々。陰謀論、或いは寓話じみた、およそ根拠があるとは思えないみすずの噂が辺りを満たす。

 ……許せない。

 彼女がどんな事をして、どんな風にメディアに露出しているのかは知らないけど。少なくとも不倫に関して被害者である彼女が、このように不当に貶められていいはずがない。


「時任さん」


 加速して一撃思いっきり殴り飛ばしてやりたい。そんな苛立ちを募らせているのを悟られたのか、ビンゴさんが私の名を窘めるように呼んだ。


「店の外ばかり眺めてないで。ほら、バーガーが届いたよ」

「あ……いつの間に」

「食べよ食べよ!」


 マヤンちゃんはハンバーガーの包み紙を外すと、鼻息荒くクシャクシャと丸めた。彼女も今の一件に腹を立てているらしい。

 と。包み紙が、突然消えた。


「えっ」

「……あー。気付いちゃったか」


 気付かれないようにやるつもりだったんだけどな、と乾いた笑いを零すビンゴさん。

 テーブルの上を改めて見ると、届いたハンバーガーたちの下に敷かれていたチラシなども消えている。


「もがががががッ……!?」


 悲鳴……というか、声ですらない、音。

 びっくりして振り向くと、さっきまで声高にみすずの風評被害を諳んじていた男が、口元に両手を当てて青い顔でじたばたと床を這いずり回っている。

 ……まるで、かのように。


「……び、ビンゴさん?」

「大丈夫。少し懲りてもらうだけだから心配しないで」

「やっちゃえ、やっちゃえ」

「もがっ……もごごごっ!?」


 ……おそらくだが、この机の上にあった包み紙などの不要な紙を、あの男の喉に『瞬間移動』させたのだろう。

 涼しい顔してなかなかエグいことをする、ビンゴさん。ナイスだけども。

 もがき苦しむ男を見ても、一般客は助けを呼んだりするでもなく遠巻きに眺めているだけだったが、いよいよ近隣の店の店員さんたちが慌ただしく駆けつけてくる事態となった。


「そろそろいいかな」


「もごっもががっ……あっ、あれ?」


 私たちの席の近くのゴミ箱から、かさっ、と音がすると同時に、男が苦しみから開放される。


「さ。スカッとしたところで、食べ終わったら次はどこに行くか決めようか」

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