座員たちの休日

「いい加減、機嫌なおしてくれないかなぁ」

「ふん。どうせうるさいガキだとしか思ってないんでしょ、私の事」


 天秤座の朝。

 作戦室では、ソファで大きなぬいぐるみを抱いて頬を膨らませたマヤンちゃんに、いつものマジシャン衣装とはだいぶ印象の違う部屋着姿のビンゴさんが、困り顔で何度も平謝りしていた。


「おはよう」


 起きてきて身支度を済ませたらしい椎橋くんが、エレベーターから降りてきて挨拶をする。

 そして今の状況を見るなり怪訝そうな表情を浮かべ、私の方へゆっくり歩いてきて、隣側に座り。


「どうしたんだ、あの二人」

「昨日、姫路カテドラルに移動する時に、マヤンちゃんにダーツさせたまま、何の声もかけずに行っちゃったでしょ。それで怒ってて」

「あー……」


 あの二人を見ていて、昔、日曜日にお父さんと遊園地に行く約束をして、仕事でトラブルがあったせいでその予定がキャンセルされてしまった時のことを思い出した。

 ……色々ありすぎて、いまこの瞬間まで意識できなかったけれど。お母さんとお父さんは元気だろうか。

 一人娘の私を亡くして沈んでいなければいいが……会いに行く気にはなれないな。もう一度死ぬという決心が揺らいでしまいそうだし、何より二人を混乱させたくはない。


「OKAZさんは来てないのか」

「今日はお休みみたいよ。もちろん何かあったらすぐ出動しなきゃだけど」

「あ、うん。そういうことだから、今日は自由に過ごしてね。何かあれば呼び出すからさ」


 こっちの話に反応してビンゴさんが声を飛ばすと、マヤンちゃんの機嫌がいっそう悪くなり、ついにぬいぐるみに顔を埋めてしまう。


「ほら! 私と話してる途中なのに! 私のことなんかどーでもいいんだ!」

「え、えぇ……そうじゃないよ、ほら、いつまでも放ったらかしにしてたら椎橋さんも困るだろうし……」

「……大変そーだな」


 やれやれと首をふって、椎橋くんは加熱式たばこを吸い始めた。平成の終わりくらいに出たもので、水蒸気しか排出しないので喫煙室以外の室内でも吸えるそうだ。

 たしかにあまり嫌な匂いはしない。ビンゴさんが昨日ここで吸ってたのは、甘いベリー系の香りがしてたっけ。


「委員長は? 今日どーすんだ」

「そうね……買い物に行きたいかな。肌着とか、いつまでもここの備品に頼ってられないし。椎橋くんも……」

「じゃあ俺はパチ屋にでも行くかな」

「さ、誘う前から断らないでよ……」

「女の買い物は長いからキライなんだよ。じゃあそういうことで」


 尻ポケットから財布を取り出してひらひらと振りながら、椎橋くんはエレベーターへ向かって歩いていってしまう。

 負けろ、大負けしろ、死にそうな顔で帰ってこい、私には呪いが出来る! と、彼の背中を恨めしく見つめる。

 完全にエレベーターが行ってしまい、私は諦めて、マヤンちゃんが作ってくれた朝食のハムエッグを食べるのに戻った。

 いいもん。椎橋くんにガイドみたいなことしてもらわなくたって、私、しっかり者だし。慣れない令和の社会に溶け込んでみせるし。

 なんでも出来るし。なんでも…………ん?


「……あ。お金どうしよ……」


 考えてみたら、私、一文無しなんだった。

 死ぬ前は家を空けがちな両親にカードを渡されていたから、完全にお金のアテがある気でいてた……買い物、無理じゃない。どうしよう。


「どうしたの?」


 思わず声に出ていた私の呟きを察知したマヤンちゃんが、さっきまでの拗ねた声から一転、ワクワクした声で聞いてくる。


「あ、いや、その」


 でもなぁ。すでに天秤座の皆さんには至れり尽くせりしてもらってるし、これ以上は申し訳ないというか。

 たぶん、「日用品とかを揃えにショッピングモールに行きたいけど、お金が無い」という旨を伝えれば、快く出してくれるんだろうけど……それに甘えていてはいけないだろう。


「聞こえてたよ。お買い物に行きたいんだよね? 3万くらいあれば足りるかな」

「い、いや! 悪いですよそんな!」

「お金、全然持ってないだろ? 遠慮しなくていいよ。昨日は大活躍だったし、ボーナスだと思ってもらえれば」

「あっ、そーだ!」


 突然、溌剌とした声をあげ手を叩くマヤンちゃん。


「ビンゴくん。私たちもかなかなと一緒にお買い物行こーよ! 埋め合わせ!」

「えっ?」

「いや、ぼく明日からしばらくテレビの仕事だし、ゴロゴロしてたいんだけど……」

「ダメだよ! そんなオッサンみたいな!」

「し、失礼な。アラサーとはいえ、ぼくはまだまだオニイサンだ」


 いや、オッサンとオニイサンの境界線にこだわり出したらもう……ううん、やめとこう。デリケートな話だし。


「それに、かなかなはこないだまで死んでたんだし」


 言い方。マヤンちゃん、言い方。


「キャッシュレスの買い物とか分かんないかもだよ」

「それならマヤンちゃんと時任さんの二人で行けばいいだろ? お金は渡してあげるから」

「だぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇ!!」

「いだだだ! はほ引っ張らないでひっはらはいへ!!」


 ひょ、ひょっとこみたいになってる。男前の顔が台無しだ……。


「わかった! わかったよもう!」

「やったぁー! かなかな、よろしくね! 分かんないことあったら何でも聞いて!」

「う、うん。ありがとう」

「『ちょっと欲しいけど自分のお金では絶対買わないだろうな』みたいな、買っても2週間くらい部屋に箱のまま放置しちゃうような感じのモノ、いっぱい買おうね!」

「マヤンちゃん!? やめてくれるかな!?」

「……サングラスかけてるお花の置物とか買おうかな」

「時任さん!? 首揺れるやつだよねそれ! いらないでしょ絶対!」


 ともかく各々支度を済ませ、ビンゴさんが呼んでくれたタクシーを待ち、隣町のショッピングモールへ向かうことになった。


「おはようございます」


 タクシーを待っている間、見知らぬ男性が私たちに挨拶をしてきた。

 見知らぬ……というか。あぁ、初めてこのアジトに来た時に、軽く肩をぶつけてしまった人だ。

 髪が真っ白で、優しそうな顔をしている。雨も降っていないのに着込んでいる真っ赤なレインコートが、強く目を引く。


「この春からこの近くに住むことになった、伊波いなみといいます。いずれちゃんとした挨拶をしようと思っていたんですが」

「あぁ、これはどうも。といっても、ぼくたちはここに定住しているというわけではないので、挨拶とかはお構いなく」

「よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」

「なるほど、分かりました。じゃあこれがご挨拶ということで、こちらこそよろしくお願いします。ではまた」


 すたすたと歩いていく伊波さん。若々しいお顔をしていらっしゃるが、柔らかな物腰とゆったりした話し方が、少し失礼だがお年寄りの方みたいだ。


「あっ、タクシー来た!」

「それじゃあ行こうか」



「………………」


 スロット台の液晶が灰色に染まる。激アツの前兆を逃してしまった。

 いや、なんか、嫌な予感がするなこれ。負ける時の流れな気がする。まだ打ち始めたばかりだが、なんかやばい気配がある。

 やっぱパチンコにしとくべきだったか?


「いや……やれる、まだ唄える、頑張れる」


 一昨日と昨日であんなに多くの成神の近くにいたんだ。きっと何かしらのご利益があるはず。あってもいいはず。

 ていうか最近負けすぎてるしな。今月何万負けてるんだ? 収支カレンダーの記録をつけなくなって久しいが、ひょっとしてもう20万くらいいってるんじゃあ……?

 弱気な考えはやめよう。俺は今日勝つんだ。

 ビンゴ、OKAZ、マヤン、ルイスたち三人、そして委員長。あれだけの成神の近くにいたんだ、いける! もう実質俺が神みたいなところあるだろ! 俺はパチの神になる!

 神ってつまりGODだぞ!? いけるいける! 引ける! 今日は確定役バンバン引きまくって万枚出すんだ! いや万枚どころか億枚出せ! 吐き出せ! 今まで散々飲み込んできたぶん吐き出せぇぇぇぇッ!!


「出撃だ諭吉ィ!!」



 この日、委員長がこっそりかけていた呪いのせいで10万負けることを、この時の俺はまだ知らない……。

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